PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が運営する・PTSDの日本兵と家族の交流館(村山お茶飲み処・子ども図書室)のホームページです。

 

★私たちは世界に平和憲法の約束を守ります。

二度と戦争は起こしません。加わりません。

私たちはいかなる戦争にも反対します。

 

私たちは銃を取りません。

紛争は話し合いで解決します。

侵略されたら直ちに白旗を掲げ降伏します。

日本が戦地になったら避難民になり生き延びます。

世界に日本への支援と平和的解決を訴えます。

 

日本が二度と戦争を起こさない!
誰もが安心して暮らせる平和な社会をめざします!

 

中国、朝鮮半島、アジア、世界に平和と友好の虹の橋を渡します!


「PTSDの日本兵と家族の交流館」憲法第9条を体現する白旗を掲げています!

10月5日(水)から

PTSDの日本兵と家族の交流館を

従来通り

開館いたします

★水曜日・木・土・日曜日開館します。

開館時間は10:00~17:00です。

★事前予約いただいた場合は曜日を問わず

館長の仕事日以外は 開館します!

★横浜市従業員労組機関紙「横浜市従9月15日号」に9月1日号の「癒えない記憶の戦争・上」に次いで「癒えない記憶の戦争・下」として8・7PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会が紹介されました!

「わだつみのこえ156号」に寄稿文と5月1日のピースおおさかでの”お話し会”が紹介されました。

「ちゃぶ台」が創刊されました!発行者は藤宮礼子さんです。「ちゃぶ台の会」主催で今年は4回、「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」のお話し会を開いていただきました。8.7証言集会の司会者でもあります。2023年の第2回証言集会の実行委員会にも参加していただいています。

「たんぽぽ」383号に”私たちがめざすもの”との表題で寄稿いたしました。発行は「松戸市民ネットワーク・松戸で生きたい私たち」、発行責任者は小林孝信さんです。


2022年9月11日(日)「PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会・実行委員会」を13人の出席で開催しました。

2023年9月3日(日)の第2回「PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」への第一歩を踏み出しました。

武蔵村山市中藤地区会館で開かれた誰でも参加できるオープンな実行委員会には13人が参加しました。

8月7日の第一回証言集会の振り返りを中心に話し合い交流しました。

復員日本兵のPTSDの実態が兵士個人や家族の問題から、国家が起こした戦争に起因するものであり、発生から関係したすべての事象は全て国家に責任があるとする大転換が証言集会から始まったことが話されました。

参加者アンケートでは「証言の時間がもっと欲しかった」「PTSDの日本兵の存在を初めて実感した。社会にもっと知らせて欲しい」という声が多数あることから2023年の証言集会のあり方や、実行委員会の強化、あり方が議論されました。

次回以降の実行委員会は以下のように予定いたします。

誰でも参加できますので多くの皆さんの参加をお待ちしています。

1016日(日) 1113日(日) 1211日(日) 

2023115日(日) 219日(日)

・会場は武蔵村山市中藤地区会館 14時~16

 

 

 

 

 

 

PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」参加者感想文

1,

  証言集会について(①は以下同じ)。父は何も語らず32年前に逝き、軍歴も分からないのでネットで色々探して見当をつけた。今年6月になって妹が詳細な軍歴を送ってくれた(全くその存在を知らなかった)地図をたどりながら見て、行動の広範囲と多忙さに驚いた。

父の戦争責任をここ30余年心に抱えて、人に話す折もなく苦しかった。昨年、吉田裕さんの「日本軍兵士」に出会い、兵士の具体的な肉体的苦痛(荷の重さ、靴、水虫、歯などなど)や私的制裁の精神的苦痛など、20代の全てを軍隊で過ごした父の苦痛のいくらかでも初めて自分の肌で感じた。

今回の皆さんの証言を通して、父の戦後、そして家族としての自分の人生を初めて考えた。これまでは自分の生きづらさと父との関係を考えてはきたが、戦争、軍隊と関連させては見ていなかった。吉沢さんの「引きこもり」という言葉が自分の内面に抱えている問題と同質に感じて強く共感した。

  吉田裕さんの講演について(②は以下同じ)。吉田さんの著書を読んで参加したいと思いました。内容は基本的に読んでいた事でしたが直接お話をうかがえて良かった。

  家族の交流会について(④は以下同じ)。とても良かった。孫世代の大学の先生たちが、研究者としてではなく同じ立ち位置で話してくれて共感することが多く、自分にとって新しい角度であり、感慨が深くこれからの希望を感じた。初めに証言を聞いて、その後、参加者が平等の立場で自分の経験を分かち合うという方式はとてもいい。意見ではなく経験と感情を分かち合う、前の世代の侵略戦争の責任がずっと心に重かったが、今回参加した事で78歳の自分に内面化された戦争、自分の人生と戦争、という角度を得て、今何をするのか、どう生きるのか、思いめぐらせるようになった。何か新しいものが開けていく気がしている。

 

2, ①家族の証言

  横浜市従労組機関紙の記者が「家族の恥」から「国家の責任」へのパラダイムの転換を

  感じさせた証言とおっしゃったのが、実に腑におちました。

  まさにその通りの、お三方の証言でした。

  また、中村江里さんのことばの選び方の巧みさ「終わらない戦争」「語りはじめた兵士のこども

たち」「公的なスティグマ、セルフスティグマ」「個人や家族の中に隠されてきたトラウマを社会に開く」歴史が動き始めたという力づよい言葉に感銘を受けました。

 ②吉田さんの講演 著書『日本軍兵士』がそうであるように、アジらない、煽らない、関心があるのは事実だけ、事実を明らかにすれば本当のことはおのずと見えてくるという姿勢に感服しました。日本軍の戦争神経症対策は「詐病の摘発」であり「殴打、飢餓、首枷」で詐病を告白させたというおぞましい歴史の事実。

  記者会見。さすが記者さんという質問あり、メディアの奮起をうながす発言ありで楽しい記者会見でした。「パラダイムの転換」に触れて、中村平さんから「黒井さんの問題提起を初めて聞いたとき、日本兵の加害性を削減する役割を果たしてしまうのではないかという危惧をもった」という興味深い発言がされた。戦後の日本では、きちんとした教育がされないまま「悪の権化」としての日本兵像だけがあった。黒井さんの問題提起はそれを揺るがした。軍人のなかの加害性と被害性の両方を見る必要がある。ヒロシマにしても同様だ。ヒロシマにも「加害の責任」があるという発言が迫力でした。

どの発言もすばらしかった。実行委員会で可能なかぎり文字おこしをし、公表可能なかたちにしてほしい。

  10時に集合した30名の実行委員のみなさん(自分もその一人ですが)に敬意を表します。

 

 

3,①一人30分必要だった。森倉さんが時間を気にして駆け足でお話しして下さったのが残念です。3人とも内容はどれも重要で貴重なものでした。この活動を形にして残すことと伝えていく必要があると思います。

②なかなか得られない情報ばかりでした。物質的に戦う前から負けることは明らかなのに、なぜ戦争に走ってしまったのか、日本人はバカだとつくづく思います。それを周りの人々が止められなかった点についても同様です。吉田先生の研究は貴重で素晴らしいと思います。

③掛け合い、興味深かったです。

 

4,③面前DVで育った孫世代への世代間連鎖の指摘は私自身に当てはまることと感じています。吉沢さんのお父さんのように、理屈で相手を打ちのめす様な物言いを私もしてしまいます。自分でも自制ができなくなる自分に後でおののくことがしばしばです。

 この問題が過去のことではなく、亡くなった父や母だけの問題でもなく、私自身にも私の周囲にも(このあたり、判読不能=黒井)影響を与え続けている現在進行形の問題だと痛感させられています。

 

5,①生活の多くの時間を戦争体験のフラッシュバックとして支配している、繰り返しその生活が続いていくことが印象に残りました。

②日本兵の太平洋戦争中の生活環境の悪さも精神疾患に繋がったのだと言うことが分かりました。

 

6,①(元気のいずみで知ったので)このように大規模とは想定外でした。16時に終わると思い昼食抜きでした。途中で席を立てず、中村先生の本代で財布の中身が消えて(他の本の欲しかった)、それでもわずか数行のお知らせで参加決断したことをほめたいです。吉田先生のお話しに驚き、軍歴の調べ方があることも分かり、やってみたいと思います。

母の長兄が広島の被爆者だったので(晩年になって体験を語りました)原爆禁止は早くから身近にありました。

米国ではベトナム戦争経験者(VFP)の中のPTSD問題も注目されました。日本でもきっとあるはず、、、なのに調査からも取り残されるのでは(人権意識の低さ)と感じていました。2000年前後にはアレンネルソンさんの講演も各地であり、黒井さんも聞かれたのでしょう。日本政府の“棄民政策”でずっと省みられなかったことがやっと陽の目を見たことに席を立てませんでした。

メディアへの要望も語られ良かったと思います。

それらの全ては今後二度と同じ過ちを繰り返さないためです。世界で起きている暴力、争いを「止めることに繋がるように。

 

7,素晴らしい会でした。トラウマの研究は欧米では半世紀前からあるのです。日本では知られなさすぎます。

 

8,①皆さんのお話を直接お聞きするのは初めてでした。その言葉を聞きたくて、今日参りました。ありがとうございました。吉沢さんの「父は暴力は振るわないが家の中には見えないがピリピリしたものが家族のなかにありました」という言葉、同感です。あれはしんどかった。私もプチ隠れ引きこもりです。

 ②吉田さんのお話しは、さまざまな方々の著書など紹介下さり感銘を受けました。一つ一つよ無気力が足らず、黒井さんの会報で拝見するだけに終わっていました。しかし、戦前戦後にも「日本軍兵士を人を人として扱っていない」というきちんとした指摘をした方がいらしたのだと“灯”をいただいた思いです。

 

9,①お三方の貴重なお話しありがとうございました。短い時間でしたので、もっとじっくり聞きたかったです。

 ②データを基に兵士の状況を具体的に聞くことができてとても驚きを覚えました。日本人の良さが戦争中に失われて(秘匿され)権力者に都合の良いように操作されていたと改めて感じました。当時の日本の状況、日本人の思想がどんなものであったのか実感を持って想像しがたいのですが、自らの意思を表明することが“上手ではない”日本人が変わっていかなければ“付和雷同・同調圧力”が続くのだろうと思いました。

 

10,全体主義、統制主義、学校で左利きを右利きに、軍隊では銃を使う時に右利きに強制された。帰還兵の先生が軍隊体制教育をしていた。運動部では体罰が当たり前が近年まであった。今80歳代は精神的に残った考えをして、奥さんに暴言暴力をふるっている現在である。

 

11,①今まで封印されていた記憶を公衆の前で勇気を持って話していただき大変心に響きました。(特に吉沢さん)家族の問題は外部には語りづらく知られたくない思いもありますが、その問題に社会的意味(問題)があることに気づけることは人生を変えることになると思いました。

 ②吉田先生のご講演は兵士の体格(身体)や心という中々つかみとれない内容を資料と先生の膨大な知識に裏づけられていてわかりやすく興味深かったです。かつて初年兵が40㎏の弾薬箱をかついでビルマルートを歩いたと聞きました。かなりつらかったでしょう。良く分かりました。

 ④言葉では言い表せないです。とても心に響きました。どうもありがとうございます。私は戦友会研究をしています。元兵士がいなくなった後、女性たち(娘)が語り始めています。

 

12,日本の秘密主義もあり、PTSDで困っていることは中々広まっていません。戦争の悲惨さを再認識してもらうためにこの事実を広めていく必要があるでしょう。

 

13,貴重なお話しありがとうございました。PTSDの症状は人それぞれであると感じ、この存在をもっと世の中に広めるべきだと思いました。今日の証言、また交流会の中でしか話されないような内容を匿名でも良いので文字に起こして本にしていただければと思います。また交流館が大きな資料館として大きく後世に残すことができれば良いと考えました。

 

14,①衝撃的な家族の証言でありました。外国人に比べて日本兵のPTSDは極端に少ないと聞いていましたが、実際はPTSDが自分の父親にもあったし、もっと沢山いただろうという実話には涙と驚きなしには聞けませんでした。“PTSDの会”を立ち上げた黒井さんの行動力と戦争を絶対に起こしていけないという強い気持ちが心に響いてきました。

 ②吉田裕先生の「兵士の心と身体をめぐる諸問題」についての講演も素晴らしいものでした。先生は現在「東京大空襲戦災資料館」の館長であり尊敬しています。ぜひ研究者としてもこの家族会と連携して励ましていってもらいたいと思います。

 

15,まだまだ戦後は終わっていないと感じます。復員日本兵だけでなく、被爆した子どもたちが生き残り、その時の悲惨な体験が繰り返しよみがえってくるなど、PTSDはいろいろなところで起こってきたんだろうなとも思います。復員兵のPTSDでこれだけ多くの人たちが苦しんできたことを初めて知りました。空襲で負傷した人たちに対する賠償もしていない日本ですがPTSDで苦しんだ復員兵にも賠償すべきだとも思いました。

 

16,①歴史の授業で扱われて来なかった兵士とその家族の葛藤や苦悩を聞けるとても貴重なお話しでした。次回も参加したいと考えております。

 ②食料や物資による国力の差、日本人の戦争観と兵士の関わりを詳しくお話しくださり勉強になりました。戦争期における兵士の人権の軽視が問題であると思いました。

 “質問”➡なぜ、軍首脳部は兵站や兵士の健康状態に気を配ることをしなかったのか?
戦後復員兵に対する保護は十分であったか。また、世間からはどう思われていたか?

 

17,⑤中村江里さんの「戦争とトラウマ」を読みました。「なんで今までなかった事にできたのか」も少しわかりました。一端は私たち市民の側にもあったこと。白衣の人が新宿に座っていたことを覚えています。が、あとで調べて何も出てこなかった覚えがあります。「公」の歴史で消してしまう。今も続いています。来年楽しみにしています。

 

18,非常に勉強になりました。

 

19,アメリカなどの従軍兵については報道などで知っていたが、アジア太平洋戦争時に日本兵の除隊後の実態としては黒井さんの三多摩健康友の会での訴えで知ることになりました。戦後、ご本人はじめ家族の苦労には大変心が痛む思いで拝聴いたしました。広く世界に知らせていく活動に敬意を表する次第です。1945815日に終戦を迎えましたが、未だ終戦を迎えていないことを知りました。今後の奮闘、陰ながら応援したいと思いました。すばらしい勉強会になりお疲れ様でした。

 

20,⑤戦場のPTSDを知ったのは米兵の帰還兵のニュースからでした。ベトナム戦争後の映画にも帰還兵の自死が描かれていたと記憶します。今日の会でもお話のあったアレンネルソンさんの「あなたは人を殺しましたか」を読み、訪日中のネルソンさんの講演会にも参加して過酷な戦争体験が心と人格を破壊することを知り、反戦を訴えるのはもちろんのこと、兵士たちのケアを法的に制度的に整える必要を痛感しています。日本の場合、戦場のPTSDが明らかになったのは小泉政権の自衛隊イラク派遣でした。現在40人を超えていますよねPTSDにより自死した自衛官は。職場復帰できない方も相当に上ると聞きます。アジア太平洋戦争の被害者がいることを知ったのは2018年のNHKでした。あれは衝撃でした。黒井さんのカミングアウトで最初の一人が明らかになり、次々見つかり声を上げられることを期待しつつ、安保法制化で米軍と世界中どこへでも派兵されることになった自衛官への医療バックアップ体制を構築していかなくてはと思います。

こういうと自衛官が加わる戦争を前提にしているようで心苦しいです。基本は全ての戦争に反対し、この小さな島国家が生き残る戦略は平和外交しかないと確信しています。

PS北村先生のお話しで、、、戦争の子ども世代、孫世代の“戦争を語り合い継承する”自助グループがドイツに現れているとのこと、世界的なムーブメントにして行きたいです。

 

21,“歴史が動いた”という言葉がありましたが正にそれにふさわしい会になったと実感します。夫婦や親子の個人的問題と思われたものが歴史的社会的な問題であることに気づかされることは普遍的問題だと思います。

 

22,①本人、ご家族にとってどれだけ苦しくつらい戦後であったことか。振り返り語られる勇気に敬意を表します。

 ②一銭五厘、赤紙一枚と聞いたことがあります。人命、人権思想のなさ。戦後反省できなかった日本。人を人とも思わぬ戦前が始まっているように感じます。戦争を準備させぬ市民一人ひとりの戦いをこそと思います。

 

23,なかなか中身の濃い集会でした。勉強になりました。

  もう少しご家族のお話を直接お聞きしたかったと思います。父親の振る舞いが従軍体験に基づくものであると受けとめられた時、初めて父親を取り戻したと感じられるように思いました。たとえ、攻め込まれたとしても戦争はしないという決意があってこそ、外交努力によって他国との利害対立を解決する姿勢が確固となると考えます。

中村先生のご研究ももっと聞きたかったです。

  吉田先生の資料を確認しながらのお話しは大変説得力がありました。「日本軍兵士」読ませていただきます。ありがとうございました。

*来年については感染状況が(2020年~2022年)ピークになる8月上旬を避けて下旬にしていただければと思います。

*李素楨さんのお話しに触れられたことで、日本軍の戦争犯罪が現地の被害者はもちろんのこと、加害の側にいた日本軍兵士の内面にも深刻な影響を与えた、その両面が見えて来たように思います。集会の成功おめでとうございます。

 

24,①理由が分からないまま、戦後「人が変わった」ようになられた家族を受け止めて来られた方 

   の人知れぬ苦しみを思いました。終戦、停戦で終わる戦争はないだろうなあ。

  今回、兵士の身体性が戦争にどう壊されていくのかが良く分かりました。ありがとうございました。吉田先生の人間味も合わせて感じられる良い講演だったと思います。

  メディアの役割をめぐってのやりとり、すごく良かったです。加害と被害の複層性?個人の問題に矮小化させるのではなく国家の責任を問うことが大事というのに共感です。

 

25,①貴重な会を企画下さりありがとうございます。戦争は参戦した当事者(兵士)だけでなく、家族や社会、何年にもわたって傷(PTSD)を被っていると思います。社会に向き合うにも時が必要だったのかもしれません。でも“無し”にはできないですね。

  吉田先生のお話し➡「軍歴証明」について参考になりました。軍人遺族年金を最近他

界した母が受け取っていましたが、どういう条件や軍歴で対象になるのかと思っていました。

・会場での録画に関して、会の趣旨とは別に今、個人情報のこともありビデオ撮影への配慮が求められていると思います。

 

26,職業軍人だった祖父と私の父の不和について考え続けてきました。今回のお話しを聞いて新たな視点を持つことができました。すでに祖父は亡くなっていますが、幸い父は健在です。父の心の整理の為に父自身の話しを聞いてみようと思いました。ありがとうございました。

 

27,①戦争を体験した世代が少なくなるにつれて、戦争の勇ましさを声高に主張する人々が増えたと思います。PTSDに苦しんだ日本兵の声を(あるいはその家族の声)を丁寧に拾い上げることが戦争の実相を後世に残し平和の礎になることを本日の会に参加し確信しました。

・戦争はプロパガンダに彩られます。そして形のないイデオロギーに支配されます。しかし、身体こそ戦争の実態を理解する機能です。兵士の身体を通した吉田先生の戦争のとらえ方はとても大切であり、さまざまな社会的な事象を理解するための一つのツールになると思います。とても有意義でした。

 

28,黒井さんの活動が実ってこのようなPTSDの問題が世に出始めたことは大変意義深く、戦後の日本の歴史への再評価になると思います。声を上げた人々の勇気に感謝です。

 

29,レジュメの表紙にあった写真「戦争はしません。白旗を掲げましょう。話し合い和解しましょう」の言葉が心に残りました。ウクライナ戦争で軍備増強が叫ばれる中、上の言葉がまさに胸に突き刺さりました。9条を持つ日本こそ上の言葉の精神で進むべきです。

・黒井さんのお話しを聞くのは2度目ですが少なくとも300万近い家庭(兵士)がPTSDに悩まされ、放置され苦しんだ戦後を思い、ぞっとすると共に国家の無責任さに怒りが湧きました。軍隊自体、暴力が横行していたため復員兵士の家庭で父親が暴力をふるうことを時々耳にしました。

 

30,①黒井さんのお父様の晩年の映像は非常に衝撃を受けました。ご家族のことを語られるのは本当に心が痛むと思いますし、とても勇気がいることだと思います。ありがとうございました。

 以前、西東京市の公民館で何人かの人と話をしていて、特攻に行く直前で終戦になったという体験を話された方がいたのですが、それに誘われるように別の方が「自分の父親は戦争体験して帰ってきたが、家では妙に恐かった。それは戦争体験したからなんだろうなあ」というような話をしていました。程度の差はあれ、おそらく帰還兵を迎え、生活した家族というのは何らかの傷を負っているのかもしれません。ちょっとした会話の中に見えることを落とさず聞いて行きたいなと思います。

  海軍の艦艇の環境が劣悪で精神神経症疲労が目立つという内容に吉沢さんのお父様が戦艦沈没で九死に一生を得たとおっしゃっていたことを思い出し、吉沢さんのお父様もそんな体験をされていたのだろうと思いました。また、先日NHKハートネットTVの「戦争が聞こえる」という番組で盲学校の生徒が戦争に協力せざるを得なかった内容が描かれ、それちょ関連することも語られていて、このことについても知っていきたいなと思いました。

 

31,私の父は南部戦線(タイ?)で補給部隊(トラック部隊)の士官として従軍した。戦後、会社員としては仕事を全うしたが、家では「アル中」で、休みの時は朝から飲んで母や兄を罵倒していた。父呉から聞いた唯一の戦争の話は、士官として捕虜の首をはねた時の話である。「首をはねたとたん、その捕虜は立ち上がった」との話しだった。父は家族に戦争の話はしなかったが後になり、小学校で戦争の悲惨さについて話していたらしい。多分晩年になってそれが父の贖罪だったのだと思う。小学校で話した内容がビデオに残っています(多分)。

 

32,私の父も南方から帰ってきましたが自分の記憶では父にPTSDの覚えはありません。ベトナム戦争当時のアメリカ兵のPTSDが一時期マスコミに話題になったことを覚えています。

 

33,戦争についてはできる限り知ろうとして歴史書や文学作品に触れてきましたが、一番知らなくてはいけないことは戦争が個々人の心身にもたらす影響だと思いました。今回はその核心的な内容について教えてもらいました。これからも考えていきたいと思います。

 

34,①つくづく戦争がなければご家族がこんなに苦しむ事はなかったし、元日本兵の方の受けた理不尽に対する怒りが家族の社会にしみ出していっているように感じます。(これを家庭の問題に押し込めたい人たちがたくさんいそうです)知らしめていかないといけないと感じました。

②吉田先生は映画などで良くお顔は拝見していましたが、初めて講演を聞けて嬉しかったです。「兵士個人が我慢すればなんとかなる」的な人命軽視、今の日本の自己責任論の根源を見るような思いです。日本の経済的な衰退も突き詰めるとここに収斂していくような気がします。現実から目をそらして正しい対策を取らない、今も同じだなと思いました。

 

35,黒井秋夫さんの今の活動を見ると、戦争にさえいかなければおとう様は今の黒井さんのように積極的に行動されていただろうと思います。30年以上経ってお父様の苦しみに気づいてあげられたことは何より供養になったと思います。PTSD復員日本兵に対して戦中の事ではなく戦後も隠し続けてきた日本政府は今と少しも変わっていないと思います。

 

36,証言がメインと思いましたが発表時間が短くなり、」急がされたものになったので残念です。じっくり時間を取り聞きたかったです。来年も参加しますので御藩士をじっくり聞かせてください。

 

37,本日はこのような貴重な機会を作ってくださりありがとうございました。お恥ずかしいですが戦争を知らない世代の私にとっては、復員日本兵の方やご家族が戦後もPTSDに苦しみに闘ってこられた事実を初めて知る機会になりました。そして大変衝撃的な事実で言葉が見つからない程の事実でした。戦争は人の身体を傷つけ、命を奪い生活を奪ったことはもちろん、心にも耐えられない傷をもたらすことを改めて認識しました。昨日も被爆者の方のお話も聞かせていただきましたが、今の戦争に苦しめられている方が大ぜいいらっしゃることを私たちは決して忘れてはいけないと思います。

また、今まさに戦火の中にいる人々や子どもたちがどれだけ心の傷や恐怖を背負っているのかと思うと胸が本当に痛いです。ウクライナへの軍地侵攻を一日も早く終わらせるとともに、日本も二度と戦争のできる国にしてはいけない!!と強く思います。

話はずれますが私の娘は精神障害者です。娘の場合は現在社会にうまく適応できずに発病してしまいました。暴力などふるうことはありませんが、娘が病気を抱えながら生きることを支える家族も時々心が折れそうになります。きっとPTSDの日本兵のご家族も私と同じように人には言えない他人には分かってもらえない、きっと私以上の辛い思いをしながら支えて来られたと思います。そういう意味でも共有できる思いをたくさんできた機会になりました。ありがとうございました。

 

 

38,証言集会に来るのはとてもしんどい事でした。家族の関係を否定することだと思われていたので口にするのがはばかられた。言ってみるとそれぞれがそれぞれの知っていることで

横浜市従労組さんが機関紙で証言集会を報道しました。続編もあるようです!
報道いただいたことに心から感謝申し上げます。

PTSDの日本兵と家族の思いと願い

証言集会・実行委員会開催案内!

PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会・実行委員会11日(日)14:0016:00

武蔵村山市中藤地区会館で開催いたします。

今回は87日の第1回証言集会の感想振り返りを中心に交流いたします。

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」の運営についても時間があれば論議したいと思っています。今回もどなたでも参加できます。多くの皆さんのご参加をお待ちしています!!

https://www.ptsd-nihonhei.com/

 

 

 

毎日新聞(8月16日、17日)3面で日本兵のPTSDの記事が全国に報道されました。

8月17日(水)鶴岡市アートフォーラムでの講演会が地元の新聞、山形新聞と河北新報で報道されました。

2022年8月23日(火)曇り。交流館にて。
★8月17日の「黒井秋夫さんのお話しを聞く会・於、鶴岡市」の実行委員の皆さんに概ね下記のような感謝の気持ちをお伝えした。
♦『8月17日のお話しを聞く会は本当にお手数おかけしました。心から感謝申し上げます。
50人以上の参加者になり、しかも多士済々、私の心に深く刻み込まれる会になりました。
翌18日にはYBC山形放送で放送されました。
9分20秒と思いの他長く、交流館、証言集会、鶴岡のお話し会も網羅してとても良い内容で感心しました。
当日の運営もとてもスムーズで、感想意見も活発で、答える方も「話す会」で触れきれなかったこともお話しできました。
いつかは生まれた鶴岡で話さねばならないと思っていましたが、短い間にどんどん決まり、あっという間にその日が来ました。
お話しする17日の朝は新潟市の我が家でむかえましたが、言い足りないことがいくつも浮かんで、4時には目が覚めパワーポイントの最初に二コマ付け加えるなどいくつも変更しました。
生まれた故郷で、しかも触れたくなかった父のことを、自分を良く知る皆さんに話すにはそれなりの覚悟が必要でした。
しかし、話し始めたら、父の事実に気づいた時には、この人たちにこそ真っ先に話さなければならなかったんだと思えてきました。
来ていただいた隣近所の人たち含めてこの人たちに理解してもらえたら、これほど力強いことはない!と思いながら話していました。
そしてあっという間に、その時間は終わりました。
とても充実した思いが心に溢れました。
お話ししたかったことは余すことなくお話しできたように思います。あのような素晴らしい場を作っていただいた実行委員の皆さん、同級生の皆さんには感謝のしようもありません。
ただただ、ありがとうございます!のことばを差し上げるだけです。
願わくは、これが終わりではなく、最初に過ぎないと思っていただきたいのです。
命ある限り、言葉が話せる限り、黒井秋夫はお話しし続けます。
「PTSDの日本兵の存在」を多くの人に知っていただくことが「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に結びつくと信じています。
これからも、どうか私の背中を押していただきたい。支えていただきたい。この度は本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。これからも健康に留意されてお元気でご活躍ください。今後もよろしくお願いいたします。ありがとうございました』♦
★鶴岡でのお話し会から1週間になろうとしている。
 「肩の荷を一つ降ろした、心のつかえを一つおろした」ことは間違いないようだ。どこかすがすがしいような、ぼんやりと垂れこめていた霧が晴れて、遠くまで見渡せるような気分を感じている。背負っていた父親の重さの幾分かを天上の世界に解き放ったような気がしている。
「父親の人生の果たせなかった思いの万分の一でも背負って生きる語り部になる」と、ピースボートから下船する時に宣言したが、6年以上経過して、少し軽くなったような澄んだ気分に触れて、ある種の気負いを持ち続けてきたんだなあと思いつくのだ。
父親の魂を天上世界に戻すとしたら、それはやはり父の生まれた山形、庄内、鶴岡の空に帰すのが一番ふさわしい場所なのだろうと思う。
鶴岡で日本軍復員兵・黒井慶次郎の無念の思いと、二度と戦争をしてはいけないとする無言の遺言を伝えることができたと言うことは、息子としての責務の一つを果たしたといえるのではないだろうか。
それらが相まって肩の荷を一つ降ろしたという今の感情になっているように思う。
それでも、鶴岡の実行委員の皆さんに
『願わくは、これが終わりではなく、最初に過ぎないと思っていただきたいのです。
命ある限り、言葉が話せる限り、黒井秋夫はお話しし続けます。
「PTSDの日本兵の存在」を多くの人に知っていただくことが「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に結びつくと信じています。
これからも、どうか私の背中を押していただきたい。支えていただきたい。』
と、書いたように、鶴岡でのお話し会は鶴岡に限っても序章なのだと多くの皆さんにもお伝えしたい。
まだまだです。本番はこれからです。これからこそが大事なのです。と皆さんにご理解いただきたいのです。
皆さん、これからもよろしくお願いします。
「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」代表 黒井秋夫。
★写真は水田に浮かぶ鳥海山と真っ白な月山。
 両方とも黒井の生まれたところからは良く見える。鳥海山は北の方角に端正な全容が見えるが、月山は近いが手前の山にさえぎられて頂上に近い狭い月山しか見えないのが惜しい。
月山は10km北方の鶴岡市付近から見るのが雄大で一番と思う。
8月17日の「お話しの会」の日は珍しく夏も残る幾つかの雪渓を抱えた鳥海山が見えていた。私に「今日は頑張れよ!」と言っているように感じた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d07f8b42aad787843addd622d9faa6dccce51d60

 

      2022年8月17日(水)鶴岡アートフォーラムで開催された「黒井秋夫さんのお話を聞く会(参加者54名)」がユーチューブにアップされました。

アップしていただいた草島進一さんに深く感謝申し上げます。

https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3D8cBcEn5PfVs%26fbclid%3DIwAR18iYqUwZtFE8RS7kdh19H2aQA-yAfrxXjYIfBkovDGPUCGDPWBPiZKzh8&h=AT02IDnjbJxps5cC6tNNhnQOaBK9XwJs8C2DDSuruELW-6qkQSBke_uEAFuCsq5ym1Xv-53a5cTGTSJqZM0bB6BeBMu5I-tWuqMqrAUvVgu1CaSxF9CMiDWniTiFcaiKg3boxU-p6eC235FyOI9b&__tn__=%2CmH-R&c[0]=AT109gn3gNDdmZlsx3lToq5WZDip1Bt1C0o19JiN-jCbzAFdUl4WtMLeufgCMO4jn-AifsQL9eLhvnYWFTjA86wxv5CVF0wneibQCKt8g7lcwx8EkLclBHS77NhPjHV3BhxGozEzfiGAOho64lsyPZoH

https://mainichi.jp/articles/20220816/ddm/003/040/111000c            8月16日(火)毎日新聞で報道されました。

8月16日(火)朝日新聞で報道されました!

8月17日(水)山形県鶴岡市(黒井秋夫の出生地)アートフォーラムで「黒井秋夫の話を聞く会」が開催されます。   鶴岡市の市民団体と小中校の同級生たちが企画してくださいました。感謝の気持ちでいっぱいです。            山形新聞に告知記事が掲載されました。

PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会ニュース

ヒロシマ通信1624号・8月12日版(竹内良男さん発行)で8.7証言集会が紹介されました!

証言集会実行委員会・

語り合う会合同ニュース

2022.8.10 発行

 

PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会が開催されました!(2022.8.7)

★実行委員会の皆さんに心からお礼申し上げます。

武蔵村山市市民会館小ホールに午前10時に(武藤さんは8時前に交流館にお出でになりました。小ホール搬入口には9時前に内野さんなどお集まりいただきました。皆さん全て自主的に!)集まっていただいた34人の実行委員さんのテキパキとした臨機応変の対応で何の混乱も起きず、順調に運営できました。実行委員の皆さんに深くふかく心から感謝申し上げます。

 

PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」はPTSDの日本兵の家族が「家族の恥と思い隠してきた、言葉にできなかった」事実を社会に自ら発信するという歴史的な集会になりました。

 

参加者201人、報道は914人、研究者7人にお出でいただきました。

出征した父の初任地、吉林省公主嶺の出身、中国人歴史研究家・李素楨さんも駆けつけてくれました。2020823日、日本兵の歴史研究の為に交流館に来館された李素楨さんに、出生地を聞き驚いて、父の引き合わせと直感して、日本兵父の蛮行を謝罪して以来、交流が続いています。黒井は証言の途中で紹介して最前列の李素楨さんと握手をしました!

 

最後のPTSDの日本兵の家族交流会では関西から来られた二人の女性の方がゆっくりゆっくり言葉を選び、長い間心に抑えていたご自分の体験をお話しされました。胸が詰まりました。

権力が隠してもかくしても決して痛みを抱えた庶民は黙って引き下がることなどないのだ!

これからも、次々と押さえられた声が地の底から湧き出て来るに違いない!

これからもPTSDの日本兵の家族たちがお話しできる場を作ります。

★証言集会のまとめの実行委員会を下記日程で開催します。

 証言集会に携わった思い、良かったこと、改善点、感想などを出していただき交流いたします。

 来年の証言集会をどういう目的、どういう内容で開催するか、どういう準備をするか、などの意見、

思いも出し合いたいと思います。ぜひご参加ください。

 911日(日)14時~16時 武蔵村山市中藤地区会館

2,証言集会までの歩み

314日 相談会(野崎、吉沢、森倉、黒井)於・交流館

412日 相談会(野崎、吉沢、森倉、黒井)於・交流館

515日 相談会(野崎、吉沢、森倉、黒井)於・交流館

612日 オープン実行委員会 12人参加 於・中藤地区会館

717日 オープン実行委員会 14人参加 於・中藤地区会館

731日 オープン実行委員会 20人参加 於・中藤地区会館

87日 証言集会当日、各部署でお手伝いいただいた皆さん 34人!

3,会計報告

*証言集会参加者 201名(報道関係、高校生など19名は無料)有料参加者182

■収入合計 221.263

・資料代182名×500円=91.000円 

・会場カンパ 100.263円 特別カンパ 30000円 

■支出合計 142.676

・小ホール会場費 67.495円 ・実行委員会会場費 4.247円 

・研究者、映像協力者謝礼 40.000円 ・資料印刷代 2.680円 ・カラーチラシ印刷代 16.350円 

78.587円の黒字になりました!

4,2023年証言集会について

来年2023年は武蔵村山市市民会館の小ホールから大ホールに場所を移します。

更にいつか、東京日比谷公園大音楽堂で開催する規模の「証言集会」を実現する覚悟です。

2023年の日程は820日(日)開催を予定いたします。

これからも皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。

5.「戦争をしてはいけない」を子どもたちに伝える活動に力を入れたい!

★東伏見学童クラブ 「平和学習」

8510:3011:40 1年生~4年生70人程と先生8人。 

・ロシアのウクライナ侵攻、日本軍のアジア侵攻から始まった長い戦争の歴史、1894年日清戦争 1904年日露戦争 1910年日韓併合 1931年からの15年戦争 1941年太平洋戦争 そして1945年の敗戦、

沖縄が戦場となり、広島・長崎に核兵器が使用され、東京などの都市空襲で日本は焼野原になりました。日本の50年に及ぶ侵略戦争の結果、何を得たのか。子どもたちに質問しました。「無意味―むいみー」と子どもたちは一斉に答えました。

 

*武蔵村山市青少年教室 「戦争について考えてみよう」 830日(火)

・対象 小学生・中学生・保護者同伴可 主催 教育部文化振興課生涯学習係

・東伏見学童クラブと同様、日本が始めた戦争を写真を使用して質問形式で進めます。その後、ある日、外国軍が攻めてきてミサイルが今いる場所に打ち込まれたらどうするか、どうしたら生き残れるか?を、みんなで考え、出し合い、発表するやり方で進める予定です。必ず生き延びる方法はない、と言うこと、戦争をしないことだけが生き延びる道であると気付いてもらいたいと考えています。

 

6,8.7証言集会が報道されました!

★東京新聞夕刊」が202288日(月)報道しました!

共同通信配信で次の21社が記事を掲載しました!

北海道新聞 東奥日報 岩手日報 秋田魁web 福島民報 信濃毎日 下野新聞 

千葉日報 東京新聞WEB 神奈川新聞 福井新聞 大阪日日 神戸新聞 中国新聞 

徳島新聞 高知新聞 西日本新聞 熊本新聞 宮崎日日 沖縄タイムス 

DAILYSUNNEWYORK

戦争の心の傷、実態調査を 元兵士の家族ら証言集会

8/7() 19:45配信

東京都武蔵村山市で開かれた、PTSDを抱えていたとみられる元兵士の家族による証言会=7日午後  太平洋戦争の戦地から復員し、心的外傷後ストレス障害PTSD)を抱えていたとみられる元兵士の家族による証言会と交流会が7日、東京都武蔵村山市で開かれた。「戦争による心の傷に苦しんだ兵士と家族は長年、隠された存在だった」として、国などに実態調査をするよう訴えた。  同市の「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が主催し、約200人が参加。埼玉県川越市の吉沢智子さん(67)は、海軍将校だった父の暴言に苦しんだ体験を語り「父は戦後の社会に適応できなかった。わが家にはいつも恐れや怒りが渦巻いており、家族は引き裂かれた」と振り返った。

カンパ振込先口座名義 PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会

★ゆうちょ銀行からの送金(郵便振替用)ゆうちょ銀行口座。 記号 11390・番号 21576251

★ゆうちょ銀行以外からの送金 (内国為替用)ゆうちょ銀行口座

★店名 一三八(イチ サン ハチ)・店番138 ・普通預金(口座番号)2157625

「語り合う会」と「PTSDの兵士の交流館」連絡先

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

「語り合う会」通信は周辺600世帯と武蔵村山市の市長・副市長さん、市議会議員さん、教育委員会、

市立3小に配布。報道各社に配信しています。

 

「しんぶん赤旗」が202289日(火)報道しました!

★呆け天残実録紹介

https://boketen.seesaa.net/

実行委員として参加した方の集会の紹介が早々とブログ紹介されましたのでお知らせいたします。

★UPRANさんがYouTubeに証言集会を動画配信しています!

(134) 20220807 UPLAN PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会 - YouTube

 

(134) 20220807 UPLAN【記者会見】PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会 - YouTube

8.7PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会をYouTubeにUPRANさんが動画配信しました。

下記アドレスをコピーしてご覧ください。

 

https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3D9g_pTH3zsww%26fbclid%3DIwAR0Y16_3o-8_5KwoLi8IJIw6Hkmefa2jbfs5ZCWDvhHuauj61fA6-gmoY4M&h=AT0Fo_AIdg6cPR_WBspIhdB8EygY6Re3mGkcvYxceDZEEiNS6fbwgt6rPzrLg1a3KLBvcQLjbXVyOraXGptAeW7-zaWzS9y_5szCiBedVfGtnPM6wJcOmjxI2aupD0OCvZw4i5j3uGciHfLZER6b&__tn__=-UK-R&c[0]=AT1_I-ebvjIYKaFi8G3HRXgmjiw1ivAnfQcQCfghIqMRzAzBSCPjrUiL9swh7H8L06bDCSW6FEAperNgQBhy2ibcmPREesiy0WkDFzF1vRHBmB5wYSmxDt0GpUpkUFxHL0JE

8.7 PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」が共同通信配信で次の各社が記事を掲載しました!

 2022年8月9日(火)

「8.7 PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」が共同通信配信で次の各社が記事を掲載しました(黒井がNETで検索確認した範囲です。ほかのメディアが掲載している可能性があります。気付きましたら教えて下さい)!
北海道新聞 東奥日報 岩手日報 福島民報 信濃毎日 下野新聞 
千葉日報 東京新聞WEB 神奈川新聞 北国新聞 福井新聞 
中日新聞 大阪日日 神戸新聞 中国新聞 徳島新聞 高知新聞 
西日本新聞 熊本新聞 宮崎日日 沖縄タイムス 
DAILYSUN・NEWYORK

 

 

「8.7 PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」をしんぶん赤旗が2022年8月9日報道しました!

8.7証言集会が8月8日(月)東京新聞夕刊でほうどうされました!

2022年8月7日(日)
「PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」が武蔵村山市市民会館小ホールで開催され、PTSDの日本兵の家族が「家族の恥と思い隠してきた、言葉にできなかった」事実を社会に自ら発信するという歴史的な集会になりました。
参加者201人、報道は9社14人、研究者7人にお出でいただきました。集まっていただいた30人の実行委員さんのテキパキとした臨機応変の対応で何の混乱も起きず、順調に運営できました。
実行委員の皆さんに深く深く感謝申し上げます。
最後のPTSDの日本兵の家族交流会では関西から来られた女性の方がゆっくりゆっくり言葉を選び、長い間心に抑えていたご自分の体験をお話しされました。胸が詰まりました。
権力が隠しても隠しても決して痛みを抱えた庶民は黙って引き下がることなどないのだ!
これからも、次々と押さえられたいた声が地の底から湧き出て来るに違いない!
これからもPTSDの日本兵の家族たちがお話しできる場を作ります。
来年2023年は武蔵村山市市民会館の小ホールから大ホールに場所を移します。更にいつか、東京日比谷公園大音楽堂に開催するような「証言集会」を実現する覚悟です。
これからも皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。

 

8月3日(水)の「しんぶん赤旗・くらしの情報」でお知らせされました。

8.7証言集会が8月2日の東京新聞多摩武蔵野版に掲載されました。

証言集会の証言者、森倉三男さんが本日、7月29日(金)の「しんぶん赤旗」に紹介されました!証言集会も記事の最後で報じられています!

■証言集会賛同者の皆さん

(7月27日現在 61の団体・個人)

麻生禎子 井川晶子 石川豊子 石川昌宏 梅垣仁 江頭晃子 遠藤美幸 太田恒久 大類善啓 

尾形淳 荻田如月子 神代洋一 川北勉 川上哲 河村洋子 北村毅 北川れん子 黒田恵 黒田多聞 小泉恵美 佐藤定夫 佐藤正兵 佐藤三保 三多摩平和交流ネットワーク サンホセの会 清水寛  常慶良輔 杉浦ひとみ 鈴木徳子 重元勝 市民社会フォーラムとあけび書房 高橋正博 長南光 椿逸雄 寉田一忠 富田宗廣 永田恵子 中村江里 中村平 西村一郎 2021+VFPpieceスピーキングツアー実行委員会 原文夫 平田利文 福嶌繁男  藤井洋子 藤宮礼子 町田よし子 水戸喜世子 むらき数子 室田元美 森彪 森下大輔 矢間秀次郎 矢野宏 山田純一 山本智美 横田基地の撤去を求める西多摩の会 吉川由貴 吉沢真次   レイチェル・クラーク 

2022年7月23日(日)
「ちゃぶ台の会(藤宮礼子さん)」主催の「私たちが見た戦争と平和への祈り~PTSDの復員兵士と暮らした家族 お話会」が開催されました。
PTSD兵士の家族として森倉さん、吉沢さんと黒井がNHKの映像も使用して、兵士の父とのそれぞれの体験と思いとお話ししました。また、PTSD兵士の研究者の中村江里さんも15分間お話しされました。
参加者交流では「復員兵の父に私の母は暴力を受けていた。父の死後、母は精神を壊した。黒井さん同様に私も父が嫌いだった」「父親はシベリア抑留され帰宅した時にガリガリに痩せた異常な姿に、母親から”お前は本当に私の子どもかい?”そのあと、半年間父は2回から出てこなかった。晩年、精神に異常をきたし苦しんで亡くなった」「復員兵の祖父は家族に威圧的に接していた。私の父と仲が悪かった」「復員兵の父はお酒が入ると母に暴力をふるうことがあった。今日初めて父もPTSDだったのかと気づいた。参加して良かった」というような参加者の体験が話されました。
15人程の参加者でしたが、PTSDの兵士も、その事に苦しんだ家族もたくさんいたんだ。珍しいことではなかったんだ。と、実感させられました。
★参加者の一人の感想を紹介します。
PTSDの復員日本兵をご家族にもつ方の お話を聞いてきました。 以前NHKの番組の中で取り上げていて 父親が戦争から帰ってきたあと 一言もしゃべらず 笑わず 働かず 「父のような男には絶対ならない」と思った という方の話を見たのですが なんと!その方のお話を聞くことができました ベトナム戦争の米軍帰還兵の方の 本を読む中で 戦争体験によるPTSDを知り 「父はこれだったんだ!」と気づき 今は東村山で同じような経験を持つ方々との 交流館を開いているそう。 国は帰還兵の数も調べていないし PTSDの日本兵の存在も 徹底して隠しました。 銃弾や陶器でつくられた手榴弾を 触らせてもらったのですが ずっしり重くて冷たい。 帰り道、昨日閣議決定された 安倍さんの国葬について考えました。 戦前戦中は国民を同じ方向に向かせるための 儀式だった国葬。 国会が開かれていないまま いまや法的な根拠もないまま 大臣メンバーだけで決めてしまったその場に 民主主義ってあったのか? もし野党が直接質問できたなら どんな投げかけをしてたんだろう。 この前の選挙で 過去に「八紘一宇」発言をした方が 80万を超える票をとって 神奈川でトップ当選しました。 国が一丸となることの怖さ。 平和と戦争は地続き。 常に考えたい。
お話し会がユープランさんの映像でYouTubeでご覧いただけます。
8人、室内の画像のようです
髙橋 正博、中村 平、他1人

 

★7月21日(木)アサココ(朝日新聞多摩版ミニコミ紙)に8.7証言集会が「兵士の心と身体から見たアジア・太平洋戦争 吉田裕さん」、「PTSD家族の証言も」として紹介されました!          ★21日(木)しんぶん赤旗に8.7証言集会のちらしが折り込み配布されました! 感謝感謝です!皆さんに支えられて活動を続けています!!

民医連月刊誌「いつでも元気 8月号」の巻頭で「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」が紹介されました!
8.7証言集会も掲載されました!
★黒井は民医連の健生会立川相互病院が組織する「健康友の会武蔵村山支部」の役員をしています。
皆さんのご協力に心から感謝申し上げます。
皆さんに支えられて活動を続けています。
ありがたい事と思っています。
これからもよろしくお願いいたします。
2022年7月20日(水)
救援新聞(国民救援会武蔵村山支部)に8.7証言集会が紹介されました。感謝感謝です。ありがたいことです!!
*7月19日に発行された「定年時代」読者の参加申し込みが2人来ています。まだあるかもしれません。これも嬉しいことです!

竹内良男さん発行の日刊紙<ヒロシマへ ヒロシマから>2022.7.18(1567号)にお知らせいただきました!
竹内さんはほぼ毎日、2号(2枚)の日刊紙<ヒロシマへ ヒロシマから>を発行してます。黒井は「超人」と呼んでいる人です。
多くの読者が日本だけでなく世界にいらっしゃいます(*語り合う会ニュースは韓国と米国にも送信しています)。
ここで掲載されることは喜びです。
この通信の配信を希望される方は下記にお申し込みください。
「黒井のFacebookで知った」と添えればOkと思います。
qq2g2vdd@vanilla.ocn.ne.jp
全日本年金者組合武蔵村山支部が「年金者しんぶん・7月15日号」に折り込み「豆の木通信」で8.7証言集会を広報していただきました!!
また、7月30日の武蔵村山支部の総会で証言集会のアピールの時間をいただきました!!
感謝感謝でいっぱいです!ありがたい事と思っています!

朝日新聞ミニコミ紙・「定年時代」7月19日号に証言集会が広報されます!

■証言集会当日(8月7日)スケジュール(予定)

①証言集会

12:30 開場

13:00 司会挨拶

13:0513:35 主催者挨拶兼黒井秋夫の発言、野崎忠郎さんの手記販売のお知らせ。(30分)

13:3513:50 吉沢智子の発言(15分)

13:50~14:05 森倉三男の発言(15分)

14:05~14:15 中村江里さんの言葉(10分)

14:1514:20 司会者・休憩の宣告、書籍販売などの説明

14:2014:50 休憩

14:5015:50 吉田裕さん講演

15:5015:55 主催者閉会の挨拶・御礼。終了後の記者会見、交流会の案内。

②記者会見 市民会館会議室1,2を予定(36人収容)。

16:10 記者会見開始。

・会見側 野崎忠郎、森倉三男、吉沢智子、黒井秋夫。吉田裕 中村江里 北村毅 中村平。

*司会は黒井。冒頭に黒井が記者会見の趣旨など発言。次いで北村毅さん、中村平さんに発言をいた

だく。質疑応答に入る。

17:40 記者会見終了

PTSD兵士の家族の交流会 市民会館和室を予定(21人収容)。

16:10開始。吉沢智子さんが運営。

PTSD兵士の家族の交流の時間」です。当日お話しする吉沢智子さんが「同じ体験の皆さん集まってください!という場・時間を設定したい」と7月の実行委員会で提案されました。

参加予定の皆さんで何人かPTSDの兵士の家族の方がいらっしゃいます。

2018年に「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」を発足したことがきっかけで「私の父もPTSDだったのではないか」と気づいた人たちです。中には「地獄のような日々」と振り返る人もいます。当日、どのような交流ができて、どのような繋がりができていくのか。

大きな第一歩を踏み出す、何かしらの動きが始まる日になるのではないか!そう期待されます。

 

★武蔵村山市民会館小ホールアクセス案内。
042-565-0226 駐車場70台 
JR線立川駅北口、西武拝島線東大和市駅からバス。
*武蔵村山市役所前下車。徒歩1分。
① JR線立川駅(北口)から 
*立川バス(1番のりば)
「箱根ヶ崎駅」「三ツ藤住宅」行き。所要40分。
*西武バス(8番のりば)「イオンモール」行き。
所要50分。
② 西武拝島線 東大和市駅から(1番のりば)
*都営バス「青梅車庫前」行き。所要30分。
*西武バス「イオンモール」行き。所要30分。

 

 

 

証言集会実行委員会日程

 

717日(日)14時~16

731日(日)14時~16

場所 武蔵村山市中藤地区会館3F集会室

★証言集会をお手伝いできる方、

当日参加予定の方はどなたでも参加できます!

みんなの力を寄せ合い成功させましょう!

 

連絡は ☎08011213888  黒井秋夫まで。

武蔵村山市教育委員会生涯学習係り主催の「戦争について考えてみよう・8月3夫日実施」が武蔵村山市市報7月15日号で広報されました。

「横浜市従」6月15日号で紹介されました!

戦争について考えてみよう(武蔵村山市教育委員会主催)を受け持ちます!

★「PTSDの日本兵と家族の思いと願い証言集会」吉田裕さんの講演の演題が「兵士のこころと身体からみたアジア太平洋戦争」に決まりました!!ベストセラーになった文春文庫で明らかにされた日本兵の心と身体の実態のお話しが聞けそうです!!

★参加希望者は必ず事前に予約をお願いいたします。予約なしの当日参加はできません。
★連絡先・黒井秋夫☎08011213888 
 メール qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp
 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

★6月16日(木)埼玉県学習サークル「雑学会」15名が「PTSDの日本兵と家族の交流館」に来館されました。
武蔵村山市中藤地区会館でNHK、日テレで紹介された映像と館長の説明で「アジア太平洋戦争でPTSDの日本兵」が類推300万人前後存在したが、政権と軍・自衛隊により社会に隠されたこと、「戦争はしません。白旗を掲げましょう。話し合い和解しましょう」の白旗作りが広がっていることを交流し実感しました。

「証言集会ニュース・6月15日版」

★証言集会終了後、記者会見をいたします!

*講演者吉田裕さんと中村江里広島大大学院准教授、 北村毅大阪大大学院准教授、中村平広島大学教授の兵士のPTSDの3人の研究者が記者会見に同席します!

■賛同者の皆さん(6月15日現在)
*53の団体・個人 (所属はそのまま記載)から届きました!
更に多くの皆さんの賛同の声をお待ちしております!

石川昌宏 梅垣仁 江頭晃子(市民活動のひろば発行委員会) 遠藤美幸 太田恒久 大類善啓 尾形淳  荻田如月子 神代洋一(東京少年少女センター理事長) 川上哲 川北勉 河村洋子 北川れん子 北村毅 北村哲 黒田恵 黒田多聞 小泉恵美 佐藤定夫 佐藤正兵 佐藤三保 サンホセの会 清水寛(埼玉大学名誉教授)  常慶良輔 杉浦ひとみ  重元勝 市民社会フォーラムとあけび書房 高橋正博(映画侵略上映委員会) 長南光 椿逸雄 富田宗廣 永田恵子 中村江里 中村平(広島大学教授) 西村一郎 2021+1VFPpieceスピーキングツアー実行委員会 原文夫 平田利文 福嶌繁男  藤宮礼子 町田よし子 水戸喜世子 むらき数子 室田元美 森彪 山田純一 矢間秀次郎 矢野宏(新聞うずみ火代表) 山本智美 吉沢真次 レイチェル・クラーク 

★主催「思いと願い・証言集会実行委員会」 
 連絡先 黒井秋夫 08011213888

★参加希望の皆さんは事前申し込みをお願いいたします。
 予約なしの当日参加はできません。

2022年6月11日(土)曇り、時々雨。
「PTSDの日本兵と家族の交流館」の白旗が広がっています。
日本国旗の赤の部分を白布で縫い付けた白旗の写真が兵庫県の方から送られてきました。
小平から今日11日来館された方は亡くなった夫の白のワイシャツを白旗に仕立てたそうです。友だちに袖の部分を分けて寄せ書きを書いてもらいました。
明日12日(日)午後2時から、第一回証言集会実行委員会です。
ほとんどが初対面どうしの皆さんが集まる予定です。交流をしながら、お互いの認識を深め、太い絆にしたいですね。多くの皆さんの参加をお待ちしています。
会場は「PTSDの日本兵と家族の交流館」の東隣にある武蔵村山市中藤地区会館です。
A3版×5枚18ページの資料を作りました。
初対面が多いと思われるので交流しながら、8月7日に向かいたいと思います。
当日は吉田裕さんの講演、中村江里さんの言葉も予定しています。集会終了後の記者会見ではPTSD兵士の研究者、北村毅さん(大阪大学大学院准教授)、中村平さん(広島大学教授)も同席して発言していただきます。
日本の歴史上初めてPTSD兵士の家族が体験を公開でお話する歴史的な集会になります。
多くの皆さんのご参加をお待ちしています。
6月2日(木)14時~
★武蔵村山市市民会館小ホールの技術係りの皆さんと事前打ち合
 わせをしました。
 実行委員会からは黒井と運営責任者の健康友の会内田さん、映 
 像・音響責任者の(黒井の息子➡娘の夫)内山さんでした。
 専門的な事柄が確認できました。
 内容は12日(日)の「誰でも参加できる」実行委員会で説明し 
 ます。
★証言集会が武蔵村山市に次いで武蔵村山市教育委員会の後援申 
 請も受理されました!!
★着々と準備が進行しています!小ホールを満席にしましょう!
 証言集会の成功は皆さんの主体的な参加です。みんなの力を集
 めて成功させましょう!
★「誰でも参加できる」実行委員会・案内。
・6月12日(日)14時~16時
・武蔵村山市中藤地区会館
 (PTSDの日本兵と家族の交流館、東隣)

賛同者の皆さん(5月31日現在 42の団体・個人)

( )内の所属はそのまま記載しています。

石川昌宏 梅垣仁 遠藤美幸 太田恒久 大類善啓 荻田如月子 川北勉 黒田恵 黒田多聞 小泉恵美 佐藤定夫 

佐藤正兵 サンホセの会 清水寛(埼玉大学名誉教授)  

常慶良輔 杉浦ひとみ  重元勝 市民社会フォーラムとあけび書房 高橋正博(映画侵略上映委員会) 長南光 椿逸雄 永田恵子 中村江里 中村平(広島大学教授) 西村一郎 

2021+VFPpieceスピーキングツアー実行委員会 原文夫 平田利文 福嶌繁男  藤宮礼子 水戸喜世子 むらき数子 室田元美 森彪 山田純一 矢間秀次郎 矢野宏(新聞うずみ火代表) 山本智美 

吉沢真次 レイチェル・クラーク 

武蔵村山市元気フェスタ

2022年5月29日(日)
武蔵村山市総合センターで「元気フェステバル」が3年ぶりに開催されました。「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」は健康友の会武蔵村山支部のご好意で同じ部屋で戦争遺品の展示、NHK、日本テレビで紹介された映像を放映いたしました。銃弾、手りゅう弾は子どもたちも親たちも興味津々、軍服、帽子もかぶったりして大盛況でした。
多摩地区の学童保育支援員の方が「戦争遺品を子どもたちに見せたい。子どもたちに話して欲しい」という依頼があり、快諾しました。
子どもたちに「戦争は怖い。戦争してはいけない」を伝え続けます。

2022年5月25日の東京新聞多摩武蔵野版に紹介されました!

証言集会実行委員会に

お集まりください!

87日「PTSDの日本兵と家族の思いと願い・証言集会」の準備が第2段階に入りました。

次の段階は武蔵村山市民会館小ホール258席の満杯をめざすこと。混乱なく参加者が参加して良かったと喜んでもらえる証言集会にすることです。

しかし、私含めて、そのような大人数の催しは経験がありません。成功のためには、そういう経験、ノウハウがある人たちのお力を貸してもらう以外ありません。証言集会の準備会・実行委員会は誰でも気軽に顔を出し、お手伝いできるようにオープン参加にしました。実行委員会参加者を募っています。集会運営のノウハウを持つ人、人集めのできる人(組織を持つ人)、お手伝いできる人、集会に興味のある人、ぜひお集まりください。

 

実行委員会日程。いずれも場所は武蔵村山市中藤地区会館、時間は14時~16時です。

612日(日)、717日(日)、31日(日)の3回を予定しています。

*多くの皆さんの参加をお待ちしています。よろしくお願いいたします。

★お問い合わせ先  

黒井秋夫 ☎08011213888 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 

★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

中村江里さん

PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会

参加を呼びかけます!

中村江里さん(広島大学大学院准教授)

 「戦争のトラウマ・著者」

この度は、「PTSDの日本兵と家族の交流館」2周年、誠におめでとうございます。会の立ち上げ時からの黒井さんの地道な活動を知る一人として、また、日本軍兵士の戦争神経症について長年研究を続けてきた者として、黒井さんのご活動に敬意を表するとともに、心よりお祝い申し上げます。

 戦争神経症の兵士の存在は、戦時中は国家によって否認され、戦争のトラウマがもたらす長期的な影響についての理解も乏しく、統計的に把握された精神的な被害もごく一部に過ぎませんでした。戦中・戦後の日本社会は、元兵士が自身のトラウマについて語れる安全な社会ではなかったと言えます。

 

当事者が語ることが難しく、また戦争体験者の多くが亡くなられてしまった現在、戦争の記憶の継承が大きな課題となっています。そうした中で、戦争が一個人をどのように変えたのかを身をもって実感してきた元兵士のご家族による証言は、極めて貴重なものです。87日は歴史的な証言集会になることと思います。公的な記録には残されない、お一人お一人の語りでしか知り得ない現実があります。今後も、黒井さんをはじめ、「PTSDの日本兵と家族が暮らし合う会」の皆さんに多くのことを教えていただきたいと思います。益々のご活躍をお祈りしています。

 

賛同者の皆さん 一言(516日~19日の期間中の一言集)

皇国の兵士は精神を病まないと、戦時体制の中で、多くの当事者が人知れず苦しみ隠されてきたことを教えてもらいました。

東京新聞での黒井さんのニュースや、何年か前に最後のPTSDの被害者の死亡を伝える記事は忘れません。

人の命を人殺しに訓練し、その人格と人生を台無しにするような暴力装置を国家体制維持には決して利用させてはいけないと

考えています。

出来る限りのことをしていきます。

国家の仕掛ける戦争を予防し止めることに、民衆の力は大きな力を発揮します。そのためにも戦争の非人間性を民衆レベルで考え伝えるこの取り組みは貴重です。

命がー番大切だという観点からすれば、白旗の考え方は、たいへん重要だと思います。

戦争で、PTSDになられてしまった方々や、その方々の身近でご苦労されたご家族のご体験、または、その状況についての、研究者の皆様の真摯なご研究を、少しでも人々に伝え、戦争を無くしていける様に動きたいと思います。  微力ながら皆様を応援申し上げます。

 

 

 

 

PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会」

に賛同します

多くの皆さんのお力添えが必要です。地域は問いません。全国から報告会賛同の声をお寄せ下さい!賛同の声が当日発言するPTSDの日本兵の家族たちに勇気を与えます!励まします!

多くの皆さんのお力添えを心からお願いいたします。

広報紙、HPFacebookなどにお名前を随時掲載いたします。

お名前を出さない場合はその旨お書きください。

 

賛同者の氏名(団体名)

 

住所

                   

メールアドレス

                        ☎

広報紙に氏名掲載の可否

 

一言

 

 

 

 

★賛同いただける方はこの用紙を下記までお送りください。メール、郵送、ファックス電話でもOK。

 

■送り先「PTSDの日本兵と家族の交流館」黒井秋夫まで。

★住所 208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 「PTSDの日本兵と家族の交流館」黒井秋夫

★電話、ファックス 042―565-9580 携帯電話 08011213888

★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

 

 

 

賛同者のひとこと(5月16日までの分)

PTSDの日本兵、家族のことは全く知りませんでした。

ベトナム戦での帰還アメリカ兵の精神疾患のことは読んだりしていましたが、

自分の国でのことをまったく知らなかった、とは。

これから学んでいきます。

★戦争を生き抜いたとしても生涯、体や心の傷が癒えない方が大勢いることを知りました。

そのトラウマの影響が家族や次の世代にまで影響することも。

現在も世界で絶え間なく戦争や紛争が続いていますが、おそらくどこにでも「終わらない戦争」に苦しむ人たちがいるのでしょう。

戦争は当事者同士だけの悲劇では終わらないこと、決してしてはならないことを伝えていきたいです★ロシアが仕掛けた戦争で、ウクライナの方たちはもちろんのこと、

ロシアで徴兵されて戦地に赴くロシア人兵士とその家族も等しく戦争被害者だと思います。

黒井さんのお話をお聞きするまで、敵の被害について喜ぶ私がいましたが、

戦争とはやりたい人ごく一部がしているだけで、一般人は兵士とは言えどもやりたくてやる人はいないということ、つまり双方に甚大な被害者を生み出すことがわかりました。

私の家族は医療者ですが、このコロナ禍において、仕事とはいえ感染者の中に家族を送り出すことが、

こんなにも心配なことかと思いました。「銃後の家族」という立場が痛いほど身に沁みました。

それ以来被害の大きさもさることながら、長期戦というものの心痛や疲労だけでも憔悴はなただしく、

さらに攻撃の中にある方達のことを思わずにはいられません。世界中で戦争が一日も早く無くなりますようにすべての人達が平和で健全に過ごせますように、心から祈っています。

PTSDの日本兵の家族のご活動に深く賛同し、感謝と応援いたしております。

 敗戦時小学四年でした。戦災で家を3回焼かれました。Jアラートがなると今も体が震えます。子どものPTSDってないのでしょうか?あると思います

他の人と価値観がまるで違います

PTSDの復員日本兵の実態調査をしっかりすることが,今世界で起きている戦争への抑止につながると思います。

ウクライナ兵やロシア兵の,そして家族のPTSDを我がごととして考えることこそ、世界平和へ寄与となるのでは。

★隠蔽・封印されてきた日本の暗部に光をあてる黒井さんや遺族のみなさんの活動に敬意を表します。

この2年間の目を見張るご活躍、本当に素晴らしいです。我がことのように嬉しいです。

黒井さんの活動が、多くの人たちの心を捉えたのは、いまの日本社会にはいまだにPTSDに苦しんできた家族がたくさんいることの裏付けてです。「身に覚えがある」方がまだまだたくさんいると思います。黒井さんの等身大の体験談は多くの人々にカミングアウトする「勇気」と「共感」と「癒し」を与えていると思います。そして黒井さんのお人柄が人々を惹き付ける重要な要素になっています。

武蔵村山市の小さな「記念館」から日本各地へ、そして世界へ、PTSDの日本兵の家族の想いが「大きな力」になって発信されることを強く願っています。これはすべて二度と戦争を起こしてはいけないという不戦の誓いに繋がります。「戦争は絶対にやってはいけない」元兵士たちの遺言です。

87日、楽しみにしています。吉田先生、ようやくスピーチができますね。

益々のご活躍を期待しています。とはいえ、あまり無理をしないようにしてください。

ではまた近いうちにお会いできるのを楽しみにしています。

PTSD日本兵のと暮らした家族の活動を立ち上げて頑張っている黒井さんを心から応援しています。ありがとう。

賛同人に名前を出すことは全くかまいません。8月の集会にも参加したいとおもいます。

ますますのご活躍をお祈りいたします。これまでの地道なご努力が、どんどん開花して、今の日本でこそ、黒井さんのネットワークとバイタリティーと叡智が必要とされていると痛感します。陰ながら、応援しております。

ますますのご活躍をお祈りいたします。これまでの地道なご努力が、どんどん開花して、今の日本でこそ、黒井さんのネットワークとバイタリティーと叡智が必要とされていると痛感します。陰ながら、応援しております。

戦後77年、太平洋戦争に徴兵され帰還した兵士たちのPTSD問題が黒井さんたちのご尽力でやっと顕在化しつつあります。歴史の光を照射し、真摯に向き合うことが「平和を希求する」証です。

まだまだこのようなPTSDを知らない人々に実情が伝わることを祈っています。

長い間、表に曝け出されることがなかった「PTSDの家族の思いと願い」がこの活動で多くの皆さんに伝えられて行くことを大変意義あることと思ってきます。

 

 

日テレ24 中京テレビなどで「PTSDの日本兵と家族の交流館」が紹介されています。

https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/ntv_news24/nation/ntv_news24-2022051401867983

 

PTSDの日本兵と家族の交流館」

開館2周年・記念号

PTSDの日本兵と家族の交流館」

開館2周年・記念号

1,「PTSDの日本兵と家族の交流館」活動の成果と役割、現状。

   来館者が1500人を突破し、地域に根ざした交流館に成長させていただきました。

   NHK、新聞各社が「PTSDの日本兵と家族の交流館・以下、「交流館」と明示」の活動を注目して間断なく報道しています。

「交流館」の活動や「PTSDを発症した復員日本兵が300万人前後と多数存在した事」を日本社会が広く知るきっかけになっています。

   日本社会に隠され、無いものにされていた「PTSDを発症した復員日本兵が300万人前後と多数存在した事」が私たちの活動と報道の力も相まって社会に少しずつ知られるようになりました。

   PTSDを発症した復員日本兵」に関する研究活動も進んでいます。

「交流館」を複数の研究者が訪問されて、「PTSDを発症した日本兵と暮らした家族」への聞き取り調査などにも使用されています。研究者と「PTSDを発症した日本兵と暮らした家族」の交流が始まっています。

   「二度と戦争をしてはいけない」を子どもたちに伝える工夫を続けています。

来館者の8割は小学生(武蔵村山市立3小の生徒)です。戦争遺品の提供呼びかけに応えて「銃弾、手りゅう弾、軍服、寄せ書きされた日章旗」などが「交流館」に届いて子どもたちがそれらを手に取って戦争を実感しています。「銃弾、手りゅう弾」はロシア軍のウクライナ侵攻の戦場で飛び交っている「銃弾」に触り「戦争は怖い。戦争はダメだ」という感想を書いています。

   「復員した私の父は戦争体験が原因のPTSDだった」という声を上げる事例が増えています。

50人を超える家族から「交流館」に連絡や相談が届いています。「交流館」活動の講演会の会場で「他人に初めてお話しします」と発言・告白する家族の方も相次いでいます。

   PTSDの日本兵の家族同士の継続的な交流が始まりました。

 2020年のNHK「おはよう日本」、2021年のNHK「目撃!にっぽん」の放映に協力したPTSDの日本兵の家族4人が20223月から定期的に集まり、「PTSDの日本兵の家族の思いと願い・報告会」を本年87日(日)に武蔵村山市民会館小ホールで開催する準備を進めています。

   PTSDの復員日本兵の家族」が戦後史上初めて公衆の前で「私はPTSDの復員日本兵の家族です」と声を上げます。

「家族の恥」として家族外の他人には話せなかった「PTSDの復員日本兵の父」の姿と家族が受けた「被害」や思い・願いを87日の「PTSDの日本兵の家族の思いと願い・報告会」でお話しいたします。

   PTSDの日本兵の家族の思いと願い・報告会」終了後には記者会見を開催し、報告会の歴史的意義や国への要望などをお話しする予定です。

   「交流館」には講演依頼が増えています。

2022年は510日までに島根県、大阪府、神奈川県、東京都、埼玉県の団体、高校から要請があり、合計9回開催されています。

   武蔵村山市、多摩地域に根ざした活動をめざしています。

「交流館」開館以来、毎月定期的にニュースを1000部発行しています。また、約300人の個人、団体、メーリングリスト、報道各社に配信しています。武蔵村山市の市長、副市長、市議会議員、教育委員会に手渡ししています。「交流館」の周辺600戸に戸配しています。

武蔵村山市報20213月号2面の全面に「交流館」が紹介されました。

多摩地域の平和の催しには積極的に「交流館」のパネルを展示したり、戦争遺品に触っていただく活動をしています。

2,「PTSDの日本兵の家族の思いと願い・報告会・以下報告会」を開催します。

(1)報告会の準備の打ち合わせで準備に参加している4人の「PTSDの日本兵の家族」は以下のような思いが話されています。

①戦場から帰還した日本兵は「手のひら返しの日本社会」に遭遇した。社会の変化に順応できずに「燃

え尽き症候群」とも言うべき精神状態に陥り、兵隊ボケと言われ無気力になり働けない、アルコール、ギャンブル依存症になる、家族、他人への暴力や傷害、自死などの悲惨な事実が多く発生した。

②従軍し復員した日本兵・父親たちに私たち含めて家族も、日本社会も戦後直後も今も正面から向き

合ってこなかったし、向き合っていない。戦後やり残したこととして、帰還した日本兵と向き合う必要がある。きちんと向き合わないと同じことを繰り返すことになりかねない。

(2)  報告会の開催目的は次の通りです 

   PTSDの日本兵が存在したことを日本国民に知ってもらう大きなきっかけにする。

   まだ気づいていないPTSDの日本兵の家族が気づくきっかけにする。

   気づいている人たちの交流の場所を提供する。

   PTSDの日本兵の家族が声を上げやすい環境を作る。

➡すべて、日本が二度と戦争をしない国に繋がる。

(3)記者会見を行なう予定です。以下のような訴えを考えています。

①復員した日本兵の20%50%、推定300万人前後が戦争体験を原因とするPTSDを発症したこと

を広く日本社会に知ってほしい。

   PTSDの日本兵の家族が集団で体験を社会に発信したのは戦後初めての歴史的な出来事である

③その家族が様々な苦労を強いられたこと、しかも継続中である

④父親の異常な行動が戦争のPTSDであることに気づいていない膨大な被害者家族が存在すること。 

   PTSDの復員日本兵の実態調査が国も軍(引き継いだ自衛隊)も実施していないので実態が闇の中で全く分からないこと。早急に調査を実施してほしいこと。

   PTSDの復員日本兵の存在」は歴史教科書に記載がなく、学校教育で教えられていないこと。

   PTSDの復員日本兵の存在」広島長崎の原爆や都市空襲と同じように、第二次大戦の実相、戦いの全体像を子どもたちにきちんと教える必要があること。

   ロシアのウクライナ侵略によりウクライナとロシアの兵士、ウクライナ国民が膨大な数の戦争体験によるPTSDを発症して、未来に長く症状に苦しむ人たちが出てくることは確実である事。一時も早い停戦を望みたいこと。

(4)「報告会」賛同者を募集しています。

多くの皆さんのお力添えが必要です。地域は問いません。全国から報告会賛同の声をお寄せ下さい!賛同の声が当日発言するPTSDの日本兵の家族たちに勇気を与えます!励まします!

賛同いただける方は下記までお知らせください。広報紙、HPFacebookなどにお名前を随時掲載いたします。お名前を出さない場合はその旨お書きください

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

★賛同者(510日現在)★市民社会フォーラムとあけび書房

 

 

 

 

 

 

PTSDの日本兵の家族の思いと願い・報告会」に賛同します

多くの皆さんのお力添えが必要です。地域は問いません。全国から報告会賛同の声をお寄せ下さい!賛同の声が当日発言するPTSDの日本兵の家族たちに勇気を与えます!励まします!

多くの皆さんのお力添えを心からお願いいたします。

広報紙、HPFacebookなどにお名前を随時掲載いたします。

お名前を出さない場合はその旨お書きください。

 

賛同者の氏名(団体名)

 

住所

                   

メールアドレス

                        ☎

広報紙に氏名掲載の可否

 

一言

 

 

 

 

★賛同いただける方はこの用紙を下記までお送りください。メール、郵送、ファックス電話でもOK。

 

■送り先「PTSDの日本兵と家族の交流館」黒井秋夫まで。

★住所 208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 「PTSDの日本兵と家族の交流館」黒井秋夫

★電話、ファックス 042―565-9580 携帯電話 08011213888

★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

 

★(510日現在)の賛同者

・市民社会フォーラムとあけび書房

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

202258日 「しんぶん赤旗」で報道され大きな反響が届いています。

ホームページ訪問者が大幅増加しました!

励ましの電話、交流館への訪問者、訪問予約、講演依頼も増えています!

再生回数が100万回を突破しました510日現在

「ずっと父が嫌いだった」がNHKFacebookYouTubeで放映されていますが、合わせた再生回

数が100万回を超えました!!

Facebook82万回 *YouTube 20万回  

併せて102万回再生されています!

映像を見た人がPTSDの日本兵が存在したことに驚き、その驚きの輪が広がっています。

アメリカ軍兵士の発症率から類推して戦後帰還した830万人の日本兵の20%~50%の兵士がPTSDを発症しました。

PTSDの兵士は家族に暴力、暴言を発し、更には殺人、本人の自殺、アルコール・ギャンブルの依存症、無気力になり働けない、など様々な困難と苦労が共に暮らす家族に襲いかかかりました。

戦前は国と日本軍が、戦後は国と自衛隊が「PTSDの復員日本兵の存在」を戦争遂行のじゃまになると実態を隠し続けてきました。しかし、いつまでも隠し通せるものではありません。

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」の地道な活動が報道されることが多くなっています。

「私の父もPTSDの日本兵だった。家族・私は暴力をふるわれて苦しんだ」と勇気を持って声を出す皆さんが増えています。

430日の調布の講演会では「(父からの暴力のはけ口として)暴力をふるう母に殺意を持ったことがある」という女性が、51日、大阪では「父からの暴力で未だにうつ症状がある」という女性が、それぞれが「公衆に初めて話します」と発言・告白されました。

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」の活動が広がるにつれて声を上げる人が次々と出ているのです。

「PTSDの日本兵の存在」を知っていただくことが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない、誰もが安心して暮らせる平和な社会」に結びつくと思います。更に多くの人たちに知っていただくよう活動を続けます。皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 [目撃!にっぽん] “ずっと父が嫌いだった” 家族が向き合う戦争の傷痕 | NHK

「しんぶん赤旗」に「PTSDの日本兵と家族の交流館」が紹介されました。

2022年5月8日(日)の「しんぶん赤旗」に「PTSDの日本兵と家族の交流館」が紹介されました。
5月10日は2020年5月10日に交流館を開館しましたので3年目のメモリアルデーです。
皆さんに支えられ、来館者が1500人を越え、その8割は子どもたちです。
子どもたちに「戦争は怖い。戦争をしてはいけない」を銃弾や手りゅう弾に直に触ってもらい実感することで伝えています。
診なさにご協力いただいて「戦争は怖い。戦争をしてはいけない」が子どもたちに伝わる資料館を充実させます。
皆さんのご支援、ご協力をこれからも宜しくお願いいたします!

5月1日(日):設置理念に則ったピースおおさかを取り戻す会・講演会

2022年5月1日(日)
エルおおさか会場の講演会「「封印された心の傷・戦争神経症」に約40人の参加でした。
調布の会に続いて大阪の会でも黒井と同年齢の女性が「PTSDの兵士と思われる父親の暴力を受け、私は未だに”うつ症状”がありどうしたら良いのか分からない」という発言がありました。
2日連続でPTSD兵士の家族が自分自身の苦しみを公衆の前で発言(告白)することになりました。
「300万人の復員日本兵がPTSDを発症した」と私たちは主張していますが、本当にたくさんのPTSDの兵士が存在して多くの家族が苦しみ続けていることが明らかになりつつあります。
調布の会と同様に私は彼女にお話ししました。「父親の暴力は戦争が原因です。あなたが憎くて行ったことではありません。自分の人生はこれから始まると思い生きていきましょう。あなたと同じような症状の人たちで精神ケアのサークルに参加している人もたくさんいますよ。お話しがあったら、いつでもお電話ください。これから手を繋いで一緒に生きていきましょう。」
閉会後、何人かの参加者が彼女を囲んで話していました。心が温かくなる気持ちがしました。
ロシアのウクライナ侵攻についても活発な意見交流がありました。私はこう発言しました「もし私がウクライナ大統領ならば”ウクライナの兵士と国民の命をこれ以上失いたくない。ロシアの兵士の命も奪いたくない。誇りをもって白旗を掲げて戦争をやめると世界に宣言します”」と。この発言には同意の拍手がたくさんありました。
★感想アンケートを一部紹介します。
・ロシアとウクライナの戦争で「白旗を上げ、ゼレンスキー大統領は、もう戦争はしません、もう自国の民を殺されたくない」とすると言われたことに賛成です。武器ばかりのぞみ国民の事はあまり考えていないと思います。平和を望むならあのようなことは言わないと思う。黒井さんの意見に賛成です。
・戦争は人を殺すこと。絶対、人としてやってはいけないこと、やりたくないことと、お話しを聞いて再確認しました。
・白旗を掲げよう、という黒井さんの主張に共感します。ウクライナの欧米からの武器供与には疑問を持ちます。解決のため世界中の叡智を集められないものでしょうか。現下の戦争の後にもどれだけ多くのPTSD兵士が生まれることか。人間の進歩はないのでしょうか。
・「日本兵のPTSD」ということに、これまでの読書体験では一度も触れたことはありませんでした。驚きました。ここまで徹底的に、社会的に隠蔽されるということに恐ろしさを感じます。機会を見て交流館にも行って見たいと思います。

4月30日(土)調布9条の会・憲法ひろば講演会

「プーチンもゼレンスキーも名を残す無名の人は死にゆくばかり」2022年4月30日朝日新聞・朝日歌壇(千葉市・塚谷隆治)
戦争の歴史はずっとこうだった。
プーチン大統領もゼレンスキー大統領も闘いの終わりを決めるだろうし見届けるだろう。ひょっとしたらその時に握手までするかもしれない。そして何が残るのだ。
おびただしいウクライナとロシアの兵士の命とウクライナ国民の命が失われた。そして失われて続けている。
何度でもいう「戦争ではなく話し合いを!暴力ではなく人間の叡智を!」
「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」は4月30日、調布9条の会主催の講演会でお話ししました。
意見交流の時、一人の女性参加者が手を上げてゆっくりと一言一言、言葉を選びながらお話ししました。
「このことは初めて人前でお話しすることです。私は生涯一度だけ、人に殺意を持ったことがあります。相手は私の母です。
母は幼い私に暴力をふるい続けました、、、、母は夫(話し手の父親)から暴力を受けていました、、、、」
その女性の発言は会場の雰囲気を一変させました。女性の押し出す言葉に参加者は声を失ったようでした。
黒井は何か言わなければならない。言葉をかけねばならないと、次ように話しかけました。
「良く、勇気を出してお話してくれました。あなたの父親が母親に振るった暴力は戦争が原因のPTSDを発症したからであり、本心ではない。母親もまたそのはけ口をあなたに向けたが、それも又本心ではありません。暴力の原因は戦争にある。あなたの父親や母親が本当にあなたが憎くて暴力をふるったのではないと理解してほしい。語り合う会にはあなたと同じ経験をした方が沢山いらっしゃいますよ。あなたは一人ではありません。母親や父親を恨まないでほしい。私たちは仲間です」と呼びかけました。
「語り合う会」の講演会では参加者の「私の父もPTSDだった。家族は大変な目に遭った」という告白の発言が時々あります。今回が初めてではありません。
「語り合う会」は帰還した日本兵の20%~50%、300万人がPTSDを発症したと、米兵帰還兵のPTSD発症率から類推しています。この女性のような家庭が300m世帯、1500万人が体験しているのです。家族の恥として表に出せなかった父親のPTSDが今になってようやく口を開き始めているのです。
PTSDの日本兵の家族は兵士が亡くなった今もなお苦しい心を抱えて生きているのです。
戦争は終戦して終わるのではありません。
兵士や家族はPTSDを発症する時が来て、長い苦しみの生活が始まり、続くのです。
ロシアのウクライナ侵攻も同じです。
兵士とウクライナ国民は今でもPTSDの発症が始まっているだろうし、これから発症するのです。
何度でも言い続けます。
戦争は良いことは何も生まない。
「戦争ではなく話し合いを!暴力ではなく人間の叡智を!」
「PTSDの日本兵と家族の交流館」は今日も戦争はしませんの白旗を掲げています!

「PTSDの日本兵と家族の交流館」

 

8月30日までに

1760人が来館されました。

2020510日開館から

2年でコロナ禍でも快挙達成!

来館者の8割が子どもたち!

子どもたちに「戦争をしてはいけない・戦争は怖い」を

伝える工夫を続けます!

46日から触れる資料館展示始めました。

子どもたちが

一番反応したのは「銃弾」です

そして陶製の「手りゅう弾4型」も展示しています。銃弾も手りゅう弾も殺人・人殺し兵器です。「戦争は怖い、戦争をしてはいけない」を実物は伝えます。

子どもたち、孫たちに戦争を伝えましょう!

子どもたち、お孫さんたちと一緒にお出で下さい。

 

https://www.ptsd-nihonhei.com