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BS特集に思う。「抑圧民族の日本人諸君!」の呼びかけに応える。

「被抑圧民族の我々から抑圧民族の日本人諸君!」中国人青年はそう私たちに呼びかけた。

50年程前。1968年頃の満員すし詰めの日比谷野外音楽堂だった。

7月7日、盧溝橋事件30周年の学生や青年たちで溢れ返る集会で圧倒的多数の日本人である私たちに向かい在日の中国人青年の第一声だった。私はその時の衝撃を今も鮮明に覚えている。

 

どんな内容だったかは消えて記憶にない。ただ「抑圧民族の日本人諸君!」と呼びかけられた衝撃だけが残っている。

20才頃、学生運動しているだけで「同じ仲間」だという意識以外は何の差別も区別も感じていなかった。その時に言われた呼びかけは衝撃だった。

今思うに、壇上に立った同世代の中国人青年は恐らく以下のようなことを言ったのだと思う。「人間であることだけで同志は保証されない。抑圧する民族と抑圧されている民族がある。あなたたちは抑圧する側で私たち中国人は抑圧される側なのだ。立ち位置が違うし役割も違う。あなたたち日本人はそこを自覚すべきだ」と。

7月7日、日中戦争を日本軍・日本帝国主義が仕掛けたメモリアルの日であるという意味にあの日まで私は余りに無自覚だった。

 

50年が流れた。3年前、2015年末に「第二次大戦でPTSDの日本兵が存在した」事を確信し「無口で定職にもつけなかった復員日本兵の父親は戦争体験のPTSDがそうさせたのではないか」という考えに到達したのだった。

なぜ父親たちはPTSD・精神を侵されたのか。

この秋、VFOPベテランズフォージャパンの集会でベトナムとイラク戦争からの帰還米兵がベトナムや日本への原爆投下、無差別爆撃に謝罪する姿、それでも今も戦争体験のPTSDに苦しめられていると聞いて私は父親たちのPTSDも戦地における加害体験がそうさせたのだと心に沁みて確信した。

 

父親たちはPTSDに終生苦しんだ。その姿は可哀想であり被害者に違いない。しかし、どうしてそうなったのかと辿れば罪もない中国の民の地に無断で押し入り、銃を向け作物財産を奪い取り、抵抗するものは殺害し、住居にまで火を点けた。まさに悪逆非道と言うしかない所業をした日本軍兵士だったからだ。

鬼の心から人間の心に戻ろうとしたときに自分たちが行った所業が、まざまざと沸き上がってきたに違いない。

平静な心ならおよそ思いもつかないような鬼の所業をしてきた自分をどのようにも説明できなかったに違いない。

PTSDに苦しむのも「言わば自業自得」と言うしかないという事だろう。加害者が苦しむのは当然の報いなのだ。

 

しかし、肉親はそれだけでは片づけられない。いかに加害者とはいえ大事な家族なのだ。夫であり、父親であり、祖父なのだ。彼らが存在したからこそ家族が存在したし、私自身が存在するのだ。全ては否定できない。

父親たちの加害に突き当たったならば、少なくとも逃れて生きることはできないのだと思う。どのように生きるとしても「自分として被害者に向き合う生き方、説明できる生き方」が問われているように思う。

 

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」も正にその渦中に存在する。

「PTSDに苦しむ兵士とその家族」としては被害者と言える。

しかし、父親たちは加害者でありその所業には被害者がいる。被害者には当然家族がいる。

私と同年代の人達がいるだろうし、その人たちにはもう孫もいるだろう。

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」はそういう被害者の人達への言葉を持つ必要がある。

 日本の人達に理解してもらう活動は当然のこととして、被害者の人達、中国・朝鮮半島・アジアの人達にも理解していただく努力なしに「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が存在する理由も意義もないのだと思う。

 「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が存在する理由は何か。

 PTSDに苦しむ兵士をなくすることだ。それはこの世から戦争をなくすることだ。その事は日本人の努力だけで成し遂げられることではない。当然世界中の人達、とりわけ父親たちが加害した中国・朝鮮半島・アジアの人達の共感を得て初めて前進する活動に違いない。

 

あの時、「抑圧民族の日本人諸君!」と中国人青年が呼びかけたのはそういう事だったのだ。

私はようやく理解した。やっとたどり着いた。父親に感謝したい。あなたのおかげでここまで来れました。

あの中国人青年にようやく向き合える気がします。

おそらく、率直に父親たちの所業をお詫びすることから始まるのだと思う。

それは今からでも遅いということは無い。気付いた今から初めても良いのだ。

あとは私たちの生き方で応えていくことしかないのだと思う。

50年かかった。ようやく一緒の地平に立てそうな気がする。

 

2018.11.23  黒井秋夫。