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再発した前立腺ガンの放射線治療半分経過!祝・早川史哉さんピッチに立つ!

 

  黒井秋夫の再発した前立腺ガンの放射線治療は

911日に始まり1016日で22回目、全35回で残すところ13回となった。平日は毎日、武蔵村山病院放射線治療室に通う。放射線を受ける時間は10分程度に過ぎない。

 201535日に全摘の手術をしたので私の前立腺は既にない。ただ元の前立腺の場所の位置に放射線は照射される。35回で70Gyの放射線を受ける。局所照射なので生命に別状ないが、全身に一気に浴びたらすぐ死に至る線量らしい。見えないから恐怖感はないが「ジージー」という照射を知らせる音を、仰向けのベッドで聞くのはあまり気持ちよくない。量はどうあれ身体に毒であることに変わりない。

 日増しに便通が困難になる。そして便意がいつもある。医師は直腸が放射線で火傷して膨れ便通が悪くなるのだと言う。

 いつ解消するかと聞いたら「わからない」とひとこと。16日、座薬を処方された。

 昨日はシルバー人材センターの3人の仲間と月6回請け負っている、大南東公園の作業の日だったが便意が収まらず休んだ。

 請け負って3年間皆勤だったのに、同僚に迷惑をかけた。今週金曜日も出番だが心配だ。

 

前立腺ガンのマーカー・PSAは手術直後には0だった。3年後でも20186月に0.158だったのが、1年後の20198月に0.446に急上昇して再発と診断された。医師の説明では細胞は倍々に増殖するので一気に数値が上がるのだと言う。

 

ガン細胞は確かに増殖中なのだが、0.446くらいでは微量すぎて、どこに存在するか、現段階で場所の特定はできない。経験則で元の前立腺の場所が増殖の可能性が高いのでそこに照射すると言う。本当にそうならガン細胞を死滅させて完治する可能性がある。希望を持ちたい。それが効果がないと、違う臓器で増殖していることになる。となると、次はホルモン治療、その次は抗がん剤というふうになるらしい。

 

主治医は治療が不首尾でも「あと5年は大丈夫生きられますよ」という。私は5年で死ぬ気はない。というか死ぬわけにはいかないのだ。何としてもあと10年、できることなら20年、90歳まで生きたい。

  

PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」が軌道に乗り、私の思い(従軍した父親たちの思い)を共有する熱意ある語り部が生まれるのを確かめなければならない。

 思いさえあれば活動は続けられる。あとはまわりの人たちが助けてくれる。立ち上げて2年になろうとしているが、共感し、助けの手を差し伸べてくれる多くの人たちがいることが良く分かった。理念が「まっとう」なら、必ず人は集まるのだ。困って途方に暮れたことが何度とあったが、その度に必ず助けてくれる人たちがいた。綱渡りではあったが恵まれた。

 

これを読んでくれている人たち、今は見守ってくれている友人たちに呼びかける。

 私を(従軍した父親たちを)助けて欲しい。

 PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」の会員になってほしい。

「おしゃべりカフェ」の会場準備、会の進行、報告書の作成と発行・発信などに人手が必要だ。

 人手があればもっと多くの活動や働きかけが可能だ。できそうなことがいっぱい見えているのだ。

 会の運営にはお金も当然必要だ。力を貸して欲しい。

 

離れてくれないガン治療で少々ナイーブになっているかもしれない。それでも私は元気です。

 次の128日(日)の「おしゃべりカフェ」に向けて一つひとつ準備しています。

 多くの皆さんが武蔵村山市中藤地区会館に集まってくださることを願っております。

 

みなさんもお元気でいて下さい。

 

 

  

アルビレックス新潟の早川史哉さんがビックスワンのピッチに戻ってきた。2019105日(土)J2リーグ、対鹿児島戦で90分フル出場を果たした。朝日新聞(1010日朝刊)は1287日ぶりの公式戦と伝える。私は読むうちに涙を流した。大学卒でいきなりアルビレックス新潟(当時はJ1)のサイドバックとして先発した。期待もされていたし本人もいつかは日本代表と思っていたに違いない。それが一気に暗転、白血病の診断を受け、長い闘病生活を余儀なくされた。退院後もプロ選手の体調を取り戻すのに、3年のリハビリとトレーニングが必要だった。22歳の若者の苦悩の期間を思うと復帰に心からの拍手を送りたい。体力勝負のプロスポーツに耐えきるだけの身体づくりの3年はいかばかりの努力だったか。私も大きな励ましを受けた。

 

池江璃花子さんはどうしているだろうか。早川史哉さんの復帰は知っていることだろう。彼女も又希望を膨らましただろうか。そうであってほしい。焦らず治療に身をゆだねて欲しい。池江さんならそれができると信じたい。

 

 

 

20191010日  黒井秋夫。