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講演後の主催者への通信を公開します。

★講演後に主催者にお送りした通信を公開いたします。
貴重な機会をいただきました。
心から感謝申し上げます。
当日は終了後、とても疲れてしまい、早々に就寝いたしました。
事前に作成したパワーポイントは余り使用しませんでした。
話しているうちにほのかな気づきがあってその事が引っかかっていました。「昭和・戦後日本人の精神史」というような事柄です。色川大吉の明治精神史を最初に読んだ時、こういう歴史の語り方もあるのかと感動したことを覚えています。
事件と年表だけではない、その時代を生きた人たちの思い、生き方が群像のように眼前に見えるようでした。
戦後日本を生きた人たちはどうであったのか。
敗戦、平和憲法、民主主義、朝鮮戦争特需、もはや戦後ではない、東京オリンピック、高度経済成長、ジャパンアズNO1、阪神淡路、東日本大震災、失われた30年、コロナパンデミック。
講演でお話しいたしましたが、PTSDの兵士が300万人いたとすれば当時の平均5人家族を考えると1500万人、全人口の20%に該当する日本家庭で帰還兵の暴力や依存症、社会順応できないことが原因の無気力、貧困などがあったとすれば、公式の出来事や年表には出てこない、戦争が原因の日本人家庭の精神破壊が連綿と続いていたという歴史、精神史はどこにも出てこないでいいのか、と私は話しながら思っていました。
「帰還兵のPTSD」という要素を戦後日本の歴史に照射すると、事件でも、日本人論、精神史でも違う色合いが出てくるような気がするのです。
もう一つ、「戦争遂行にプラスかマイナスか、役立つか阻害物か」。という政策選択。
「敵基地攻撃を具体的に検討する=いつかは戦争する」という岸田政権の日本の導き方針を私は震えるような恐ろしさを感じて見ています。
その時「戦争遂行にプラスかマイナスか、役立つか阻害物か」という線引きをすると、「帰還兵のPTSD」は明らかに戦争遂行にマイナスの阻害物になれます。だとしたら、「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」の活動は岸田政権のめざす「いつかは戦争をする」政策に立ちはだかる活動と言えるのではないでしょうか。
私はかねてから多くの人たちに「PTSDの日本兵の存在」を知ってもらうことが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に繋がると信じて活動を続けます、と発信していますが、「戦争遂行にマイナスで阻害物」にある活動を継続持続する意味が益々見えて来るように思っています。
今回は皆さんとの交流から色々な気づきをいただきました。力もいただきました。
心から感謝申し上げます。
これからもよろしくお願いいたします。
お元気でお過ごしください。
〒208-0001
武蔵村山市中藤3-15-4 黒井 秋夫
「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」代表
 ホームページhttp://www.ptsd-nihonhei.com