PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」 

202241日号を掲載いたします!

PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」 202241

46日(水)から交流館は通常通りに開館いたします!

 

 

ロシア軍の即時無条件の撤退を要求します!

ウクライナの兵士、国民の命を守ろう

ロシアの兵士・国民の命を守ろう

ロシア軍はただちに戦争を止め全軍を引き上げるよう要求します!

すべての事柄を話し合いで解決するよう要求します!

皆さん、戦争反対の声を上げましょう!

行動に立ち上がった世界中の人たちと手を繋いで戦争を止めさせましょう!

「語り合う会・交流館」は戦争はしません、話し合い和解しましょうの

誇りの白旗を掲げ続けます! 

 

 

NHK番組で「日本軍兵士のPTSDの存在」の反響が広がり、

二つの映像で再生511万回を超えました!!

NHKFacebookYouTubeで視聴できます。再生回数が増加しています! 324日現在

  再生97万回YouTube20万回+Facebook77万回)

「ずっと父が嫌いだった~家族が向き合う戦争の傷痕」20211227日、125up

  再生414万回「封印された心の傷戦争神経症兵士の追跡調査」2021913up

視聴者の感想を紹介します!

私のおじいさんも大戦で生き残った兵士です左足に機関銃で撃たれた大きな弾痕が残っていました。幼い頃戦争の事聞いても笑って何も話さなかった事を思い出します。今考えると話せる様な気持ちにはなれなかったのでしょう。

戦争反対。絶対に行かない。戦争は政治家の失敗、私達は捨て駒になってはいけない。

★戦争はいかなることがあってもやってはならないです。みんなを不幸にするのか戦争です。戦争で犠牲になった方々を胸に平和を願います。

今でいう戦争神経症ですね。私の親族にも、戦争に行って帰って来た人が戦後失踪し、一度帰って来たようだ、という話を聞いたことがあります。絵が上手な人で、その人が描いた絵だけ田舎に残っていました。

父は戦地には行かなかったけれど、何度も空襲や兵隊さんを送り出す様子を教えてくれました。

私も父が嫌いでした。50を過ぎ、今年90歳になる父には感謝しかありません。

家族に向き合ってはくれなかったけれど、仕事柄色んな体験をしたろうし。今は施設にいる父に新年の挨拶に行ってきます。この動画を観ることが出来て良かった。ありがとうございます。

戦後 戦争から帰った男どもは毎日お酒を浴びるように飲んでいた。母親はお金がなくて家族は食べるものも無かったのにツケでお酒を買いに行っていた。子供心に 男親に対して不信がありました。今涙が流れます。

私の祖父も黙して語らず、笑った顔も見た事がありませんでした。お骨を拾う時に腰に当たった銃弾1つ出て来ました。相当痛く辛い思いを抱えてあの世に逝ったのだと思います。

怖いおじいちゃんと近くに寄ることが出来なかった。もっと寄り添って上げることが出来たかも知れない、でも心の傷は相当深いので誰にも解決出来ないのかも知れない戦争はダメ。

働かないという事は無かったけど、普段は物静かなのに、外で飲むと必ず暴れて帰ってくるっていうのをずっと曾祖父が繰り返していました。暴れる曾祖父を押さえる為に帰ってくるのを待ち構える父と祖父を見て子供の頃は怖かった思い出ですが、今考えれば兵隊時代のPTSDだったんだろうなと思います。

他人事と思えん。オレも死んだ親父のことを同じ人間だと思えないくらい大嫌いだったけど、死んでから15年くらい経つ今でも、気付けば繰り返し、繰り返し親父のことを反芻していて、死んでから分かることがなんと多いことか。そういう人って戦争抜きにしても結構いるんじゃないかな。

ご自身の辛い体験と向き合いながら、後生に戦争の現実を伝えてくださって、ありがとうございます。

「違いを認めて協力し合うこと。これが出来れば、もっと運動が広がりを持ち、皆が社会をよくすることに関われると思う。」「世界の平和、日本の平和について、しっかりと自分の意見が言え、相手の話もしっかりと聞ける人間が増えるのを楽しみにしている。」疎開先に選ばれる田舎で、生まれ育ち、小学生の頃、第二次世界大戦を経験された方の言葉です。簡単な事ではないと思いますが。過ちを繰り返さない為にも咀嚼して腹に落とし込みたい。

「いじめ」のトラウマは戦争のPTSDに近いものになる時がある。と聞いた事もあるので・・

 

 

410日(ちゃぶ台の会)東京都新宿区落合第一地域センター

430日(憲法ひろば、東京調布市9条の会)東京都調布市あくろすホール・国領駅前西友3F

51日(大阪市の市民団体)大阪市エルおおさか研修室2 連絡先(09090962409)森一女

5月開催で日程など調整中(東大和市の市民団体)

上記講演会の問い合わせ、講演会開催の申し込みは☎08011213888黒井秋夫まで。

★講演は全国どこでも・少人数でも歓迎します!交通費含め費用はかかりません!

2020118日三多摩平和交流ネットの講演はYouTubeでご覧いただけます!

黒井秋夫講演会 - YouTube

 ちゃぶ台の会2022312日(茅ケ崎)の講演はYouTubeでご覧いただけます!

20220312 UPLAN 黒井秋夫「『PTSDの日本兵と家族の交流館』がめざすこと」 - YouTube

★「語り合う会」が掲げる政府への要請五項目は以下の通りです。

★日本政府(厚生労働省・防衛省)に要請いたします!

PTSD兵士と家族の実態調査を直ちにして欲しい。

①復員したPTSDの兵士の人数。②その症状。③ 家族はどう対処したのか。どのような援助を求めているのか。④後精神医学の成果をPTSD兵士の家族のトラウマからの解放と連鎖を断つケアに役立てて欲しい。

李素楨さんとの交流日誌 41日号 

★初級者コースあります!ご一緒に中国語の達人になりましょう!

★中級者テキスト「中国語で巡る漢詩と三国志の旅」です。楽しいですよ!

李素楨さんのZOOM中国語講座を学んでいます。とても楽しい授業です!

(1回2時間×月4回の授業で格安2千円。ご希望の方は08011213888黒井まで。詳細をお伝えします)

★日中口述歴史文化研究会常務副会長 吉林長春師範大学 教 授 法政大学 講 師 。博士・研究分野、口述歴史学、日本植民地教育史。著書『日本人を対象として旧「満洲」における中国語検定試験の研究』など多数。★「PTSDの交流館」に2020823日に来館され交流が続いています!

 

(東京新聞202215日多摩武蔵野版、7日東京版)

従軍看護婦さんが使用した水筒、飯ごうが届きました!

鉄かぶと、軍服、軍靴の提供の連絡をいただいています!それでもまだ不十分です。

子どもたちに戦争を語り継ぐためにご協力をお願いいたします。

 

歴史好きの皆さんご協力ください!

展示協力ボランティア募集します!

遺品の分かりやすい説明書き作りにお力をお貸し下さい!

学芸員のような作業ですが素人で大丈夫。歴史好きの方、興味のある方、一緒にやりましょう。

遺品提供、展示説明文作成に協力下さる方の連絡先08011213888(黒井秋夫)

会計報告「語り合う会・交流館」202211日~328日)

2022年のカンパ累計88.700円(18人の個人、団体)心から感謝申し上げます。


202211日 残高 197152 2022年のカンパ収入 88.700円 

2022328日 残高 223.151

2022年収入合計 88.700

2022年支出合計 72.761円 内訳( 印刷、郵送、会場予約料金など )

日本最初・唯一の「PTSDの日本兵と家族の交流館」は

2020年5月10日の開館日から2022年3月28日まで

1470人の皆さんにご来館いただきました!

「語り合う会」と「PTSDの兵士の交流館」連絡先

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

「語り合う会」通信は周辺600世帯と武蔵村山市の市長・副市長さん、市議会議員さん、教育委員会、

市立3小に配布。報道各社に配信しています。

カンパ振込先口座名義 PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会

★ゆうちょ銀行からの送金(郵便振替用)ゆうちょ銀行口座。 記号 11390・番号 21576251

★ゆうちょ銀行以外からの送金 (内国為替用)ゆうちょ銀行口座

★店名 一三八(イチ サン ハチ)・店番138 ・普通預金(口座番号)2157625

                                                                      

敗戦から77年を経てPTSDの復員兵」の

子どもたちが体験をお話しします

PTSD日本兵・家族の願い(仮題)」

87日(日)13:00~16:00

武蔵村山市民会館・小ホール(258名収容)

 

(詳細は今後、ホームぺージなどでお知らせいたします)

 

講演会を報告情報!

ニュース2022.3.15アップ

PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」 2022315

★武蔵村山市で子どものコロナ感染者が増え、子どもの来館者が多い交流館は通常開館できない状態です。

★東京都が蔓延防止期間中、交流館は原則休館します。

 ★事前予約いただければ館長の仕事日以外は開館いたします!

 

👆 225日、渋谷駅を埋めたロシア侵攻反対の人たち👆

 

 

ロシア軍の即時無条件の撤退を要求します!

ウクライナの兵士、国民の命を守ろう

ロシアの兵士・国民の命を守ろう

ロシア軍はただちに戦争を止め全軍を引き上げるよう要求します!

すべての事柄を話し合いで解決するよう要求します!

皆さん、戦争反対の声を上げましょう!

行動に立ち上がった世界中の人たちと手を繋いで戦争を止めさせましょう!

「語り合う会・交流館」は戦争はしません、話し合い和解しましょうの

誇りの白旗を掲げ続けます! 

NHK番組で「日本軍兵士のPTSDの存在」の反響が広がり、

二つの映像で再生回数が492万回を超えました!!

NHKFacebookYouTubeで視聴できます。再生回数が増加しています! 314日現在

  再生96万回YouTube20万回+Facebook76万回)

「ずっと父が嫌いだった~家族が向き合う戦争の傷痕」20211227日、125up

  再生396万回「封印された心の傷戦争神経症兵士の追跡調査」2021913up

その存在を国民の目に触れないよう隠し続けて来た「日本軍兵士のPTSDの存在」が20218月以降に相次いでNHK総合TVで放映され、現在はFacebookYouTubeにアップされて大きな反響が広がっています。「語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」は多くの国民の皆さんが「日本軍兵士のPTSDの存在」知ることが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に繋がると信じて活動を続けます。

李素楨さんとの交流日誌 3月1日号 

★初級者コースあります!ご一緒に中国語の達人になりましょう!

★中級者テキスト「中国語で巡る漢詩と三国志の旅」です。楽しいですよ!

李素楨さんのZOOM中国語講座を学んでいます。とても楽しい授業です!

(1回2時間×月4回の授業で格安2千円。ご希望の方は08011213888黒井まで。詳細をお伝えします)

★日中口述歴史文化研究会常務副会長 吉林長春師範大学 教 授 法政大学 講 師 。博士・研究分野、口述歴史学、日本植民地教育史。著書『日本人を対象として旧「満洲」における中国語検定試験の研究』など多数。★「PTSDの交流館」に2020823日に来館され交流が続いています!

「語り合う会」と「PTSDの兵士の交流館」連絡先

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

「語り合う会」通信は周辺800世帯と武蔵村山市の市長・副市長さん、市議会議員さん、教育委員会、

市立3小に配布。報道各社に配信しています。

 

神奈川新聞に紹介されました!

 

312日(土)の講演会はYouTubeでご覧いただけます

20220312 UPLAN 黒井秋夫「『PTSDの日本兵と家族の交流館』がめざすこと」 - YouTube

講演会報告20222

26日(15年戦争研究会)、11日(キリスト教愛真高校)、 13日(ちゃぶ台の会)

218日(自由の森学園)

参加者の感想を紹介します(キリスト教愛真高校)

1,      早いもので特別授業から2週間が経とうとしていますが、その後お元気でお過ごしでしょうか。先日は心のこもった大切なメッセージを授業にて丁寧にお伝えくださりありがとうございました。黒井さんが伝えてくださったお話しに対する反響はとても大きく、授業の感想で「特別授業で教わったように戦争からいいものは生まれない」というコメントがあったり、職員による礼拝のメッセージで、先生の授業から「想像力の大切さを感じた真摯にご自身の経験に向き合われる姿勢に胸を打たれた。黒井さんやお父様と共に神はおられると思う」「授業を受けて身近にも思い当たることがあった」など、さまざまな話が発せられました。生徒たちからも、いつか行きたい、直接お目にかかりたかったなどの声が寄せられ、生徒たちの関心を引き出してくださったことに心より深謝しております。折角島根までお越しいただいたのにお迎えできず大変心苦しく思っておりますが、これに懲りずまたお立ち寄りいただければ深甚です。

末筆ながら、先生とご家族の皆様との心身のご平安が守られ、会がますます祝されますようにと心よりお祈り申し上げます。

2,      今回は私たちのために「私が伝えたいこと、願い」という題で、戦争でPTSDを患った日本兵の方々や、黒井さんとお父様の経験、戦争、平和などについて、貴重なお話しをしてくださりありがとうございました。とても良い学びの時となりました。

恥ずかしながら私は今回、黒井さんのお話しを聞くまで先の戦争でPTSDを患った日本兵がいたことについて、全くと言って良い程何も知りませんでした。「戦争」と一言でいっても、自分が知っていることはその中のほんの一部でしかなかったということを、改めて痛感しました。アフガニスタンに派遣されたアメリカ兵や、第一次世界大戦中のヨーロッパで戦争神経症・PTSDを患った兵士の人がいるということは聞いたことがありましたが、日本でも戦争に行ってPTSDを患った方がいたということにとても驚きました。また、数年前に人々に公表されるまでの間、人々にPTSDを患った日本兵のことが知られていなかった、本当につい最近になって人々に知られるようになったということに強い衝撃を受けました。黒井さんもおっしゃっていましたが、歴史をただの知識だけにするのではなく、その知識を生き方に生かしたりして、広い意味で「歴史から学ぶ」ことが本当に大切であることを強く感じました。戦争中に比べると平和な現代の日本に生きる私が、戦争など平和とはいえない状況を想像することの難しさをよく痛感しますが、また同じ過ちを絶対に繰り返させないために、定期的に平和とはいえない状況に思いを寄せる機会を持つことが大切であると改めて思いました。平和とはいえない状況に置かれた人々の痛み、苦しみに想いを寄せるということが、微力ではあるかもしれないですが、平和を維持する、平和を創ることにつながるのではないかと私は考えています。

黒井さんが作られた資料館が、広島や長崎の原爆資料館や、沖縄戦のことを伝える資料館などと同じように、幅広い層の人々に、戦争の悲惨さ、愚かさを伝え、平和を訴える場所となることを祈り、応援しています。

少し余談になってしまいますが、私の実家はPTSDの日本兵と家族の交流館・資料館がある武蔵村山市から車で1時間ほどの距離にあり「イオンモールむさし村山」にはよく行きます。地元も近いので、コロナが収束したらぜひ交流館・資料館を訪れてみたいです。

今回はお話しをして下さり、本当にありがとうございました。

3,      この度は貴重なお話しをありがとうございました。

私はアメリカの兵士がベトナム戦争後にPTSDを発症したという雑誌の記事を読んだことから、戦争に従事した兵士が心に深い傷を負うという事実を知りました。しかし、それを日本の戦争、兵士に置き換えて考えたことはありませんでした。この度の黒井さんの授業で、私は初めて元日本兵のPTSDについて知りました。そして、それがかくされていたということも。

この授業の中で、改めて強く思わされていたことがあります。それは、人は戦うために生まれたのでは無いということです。短い時間の中、一度話を聞いただけの私がどのように言葉を使うべきかとまどいもありますが、戦争から帰ってきて、抜け殻のようになってしまった黒井さんのお父さんは、とても優しい人だったのではないかと思いました。そしてそれが、人の本性なのだと思います。

黒井さんのお父さんが、戦争によって心をこわされ、本当に苦しい経験をされたということは、ある意味、人の心を最後まで失わなかったということなのかもしれないと思います。

そのような意味で、黒井さんのお父さんは、ずっと戦争と向き合い続けたのですね。

今日学んだことは、私にとって、とても衝撃が大きく、また大きな驚きでした。

一人では抱えきれないこの感情を、家族や友人と分かち合いたいと思います。

苦しい感情を伴いながら、私たちの為にお話し下さってありがとうございました。

是非、交流館に行って見たいです。黒井さんのご健康が守られますように。

4,      今日は元日本兵のPTSDについてお話しくださり貴重な時間をありがとうございました。

今まで、戦争体験をしたことがある人にお話しをおききしたことはありましたが、日本兵の方が戦後、戦時中の無残でひどい光景や体験を忘れられず、PTSDという精神障害になって苦し

んでいた、また、その影響は本人だけでなく家族やまわりの人にも及んでいたという事実を初めて知りました。

戦争を知識としてではなく「生き方」とする、というお言葉が、自分に投げかけられている気がして印象に残りました、

私の祖母も10才のときに、終戦を熊本県でむかえたことをききました。小学生の頃に、自由研究として詳しく話しを聴いたのを今でも覚えています。今は祖母と直接会話をすることはできませんが、帰った時に話しをしようと思います。

黒井さんの熱意のある話し方と、私たちに向けたメッセージが強く伝わってきました。

今日はわつぃたちにお話しくださり本当にありがとうございました。

5,      お話、ありがとうございました。黒井先生のお話しを聞いて、初めに思ったことは事実を知ることの大切さです。日本は事実、特に加害的側面から目をそむけすぎたのではないかと思いました。そして、」戦争に役に立つのか、それとも邪魔かという考え方のように、都合の悪いことはすべて排除しようとした現実を知りました。

私は10才の時、ドイツに2年間ほどいたのですが、そこでとても印象に残ったことがありました。ドイツでは至る所に小さなタイルが埋め込まれています。それはナチスドイツの迫害によって亡くなったユダヤ人の確かにそこに生きていた証です。タイルには、名前、住所、生きた年代、いつ、どこで亡くなったか、などが書いてあります。私はそれを見るたび、確かにそこにいたその人のことを思うのです。それはドイツ人が、きちんと自分たちの祖先がしてきた罪を認め、被害者に心からの謝罪をしているということであると思います。しかし、日本では私がドイツで感じたようなことを思うことがすごく少ないと思います。PTSDのお話しでも共通しているように事実から、罪から目をそむけ続けた結果であると思わされました。私は全くと言っていいほど、日本の加害的側面を知りません。今、ここで黒井先生のお話しを聞いて、日本がどのようなことをしてきたのか、そして戦争がいかに愚かなことかを知れたことはとても貴重な経験であったように思います。私もこれからの人生で「知識」を「生き方」にできたらなと思います。本当にありがとうございました。いつか先生に会ってお話しを聞けることを願っています。

6,今日は本当に有難うございました。高度経済成長を経て、戦後77年も経って、あの15年戦争はもうとっくに過去のものになったという感がしていました。今回黒井先生のお話しを聞き、亡くなった父親のことを思い出し、講演の最後に発言させていただきました。69歳で亡くなった私の父は大正12年の生まれで、20才で中国大陸へ兵隊として行きました。戦い、戦い進軍し、重慶で戦争が終わったのですが、戦闘はその後も続き、海のある所まできて武装解除したそうです。舞鶴から上陸したようですが帰って来てからは実家で農業をやって暮らしていました。家人は父親の気性が荒く一緒には暮らせなかったようで、1年間は外で寝ていたとの事です。「俺の言う事に従ってくれば大丈夫だ」というような一図の父親でしたが、日曜もなくよく働いてくれました。私ども二人の息子を大学まで出させてもらいました。母は父に連れ添って生き、92才の今も元気で老人ホームで生活しています。年をとるにつれて父と母には感謝しております。私の子育ての方針は「父親のようにはならない」ですが「暴力の連鎖」ということは私にも良くわかるのです。これからも平和をつくっていくために、「家族の会」を立ち上げて、それを自分の生き方としている姿は本当に立派だと感謝申し上げます。私は第9条の会に入っているのですが、私も9条を守り、残った生涯を教育と平和に少しでも貢献していきたいと思っています。お元気で活躍してください。

★講演会予定

312日(藤宮・ちゃぶ台の会)*410日(ちゃぶ台の会)東京四ツ谷

430日(憲法ひろば、東京調布市9条の会)*51日(大阪市の市民団体)

5月開催で日程など調整中(東大和市の市民団体)

上記講演会の問い合わせ、講演会開催の申し込みは☎08011213888黒井秋夫まで。

★講演は全国どこでも・少人数でも歓迎します!交通費含め費用はかかりません!

2020118日三多摩平和交流ネットの講演会がユーチューブでご覧になれます!

 

★「語り合う会」が掲げる政府への要請五項目は以下の通りです。

★日本政府(厚生労働省・防衛省)に要請いたします!

PTSD兵士と家族の実態調査を直ちにして欲しい。

①復員したPTSDの兵士の人数。②その症状。③ 家族はどう対処したのか。どのような援助を求めているのか。④後精神医学の成果をPTSD兵士の家族のトラウマからの解放と連鎖を断つケアに役立てて欲しい。

 

(東京新聞202215日多摩武蔵野版、7日東京版)

従軍看護婦さんが使用した水筒、飯ごうが届きました!

鉄かぶと、軍服、軍靴の提供の連絡をいただいています!それでもまだ不十分です。

子どもたちに戦争を語り継ぐためにご協力をお願いいたします。

 

歴史好きの皆さんご協力ください!

展示協力ボランティア募集します!

遺品の分かりやすい説明書き作りにお力をお貸し下さい!

学芸員のような作業ですが素人で大丈夫。歴史好きの方、興味のある方、一緒にやりましょう。

遺品提供、展示説明文作成に協力下さる方の連絡先08011213888(黒井秋夫)

「PTSDの日本兵と家族の交流館」は入口に「戦争はしません。白旗を掲げましょう。和解しましょう」の旗を開館日は毎日掲げています。

1946年発布された『戦力を持たず、紛争解決を武力に求めず、平和国家』を世界に宣言した日本国憲法を体現した白旗です。

戦争には勝者も敗者の区別はありません。皆が敗者ではないでしょうか。

国土に核ミサイル兵器が飛び交う時、自衛隊兵士も一般国民も区別なく生き残る術はないでしょう。

だとしても私たちは二度と銃は持ちません。それは私たちが世界に約束した事です。日本人の誇りをかけて約束を守り抜きます。

私たちは白旗を掲げ、戦地から逃れ、世界に保護と支援を訴え戦火の収まる日を待ちます。

やがて戦が止むときが必ず来ます。その時から生き延びた者たちが未来に向けた歩みを踏み出すでしょう。

侵略されようが、何が起ころうが、銃は二度と取らない!そういう世界、そういう地球にはしない!それが日本人が世界に約束して己が決めた生き方ではないでしょうか。

「PTSDの日本兵と家族の交流館」は元旦も、2日も、その次の日も白旗を掲げ続けます!

多くの人たちに「PTSDの日本兵の存在」を知っていただくことが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に結びつくと信じて活動を続けます。

皆さん!ともに手を携え一緒に歩いて行こうではありませんか!

https://www.ptsd-nihonhei.com

会計報告「語り合う会・交流館」202211日~228日)

2022年のカンパ累計70.700円(14人の個人、団体)心から感謝申し上げます。

 

202211日 残高 197152 2022年のカンパ収入 70.700円 

2022230日 残高 231.083

2022年収入合計 7700

2022年支出合計 46.829円 内訳( 印刷、郵送、会場予約料金など )

カンパ振込先口座名義 PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会

★ゆうちょ銀行からの送金(郵便振替用)ゆうちょ銀行口座。 記号 11390・番号 21576251

★ゆうちょ銀行以外からの送金 (内国為替用)ゆうちょ銀行口座

★店名 一三八(イチ サン ハチ)・店番138 ・普通預金(口座番号)2157625

 

黒井秋夫が「FB憲法9条の会(会員18千人)」に投稿しました。大きな反響があり、励まされます!

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」ニュース2022.2.17号

PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・

PTSDの日本兵と家族の交流館」ニュース2022.2.17

NHKの映像「日本軍兵士のPTSDの存在」の反響が大きく広がり、二つ合計の再生回数が450万回を超えました!!

NHKFacebookYouTubeで視聴できます。再生回数が増加しています!

  再生92万回YouTube19.5万+Facebook72.8万)

「ずっと父が嫌いだった~家族が向き合う戦争の傷痕」20211227日、125up

  再生30万回「封印された心の傷戦争神経症兵士の追跡調査」2021913up

その存在を国民の目に触れないよう隠し続けて来た「日本軍兵士のPTSDの存在」が20218月以降に相次いでNHK総合TVで放映され、現在はFacebookYouTubeにアップされて大きな反響が広がっています。「語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」は多くの国民の皆さんが「日本軍兵士のPTSDの存在」知ることが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に繋がると信じて活動を続けます。

2月の講演会報告(~13日まで)!

 

講演会開催申し込み、問い合わせ先

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

 

15年戦争研究会 202226日(日)

★主催者に宛てた黒井の感謝メールを公開いたします。202229日。

26日は貴重な機会をいただきました。

心から感謝申し上げます。

当日は終了後、とても疲れてしまい、早々に就寝いたしました。

事前に作成したパワーポイントは余り使用しませんでした。

話しているうちにほのかな気づきがあってその事が引っかかっていました。

電話でもお話ししたかと思いますが「昭和・戦後日本人の精神史」というような事柄です。

色川大吉の明治精神史を最初に読んだ時、こういう歴史の語り方もあるのかと感動したことを覚えています。

事件と年表だけではない、その時代を生きた人たちの思い、生き方が群像のように眼前に見えるようでした。

 

戦後日本を生きた人たちはどうであったのか。

敗戦、平和憲法、民主主義、朝鮮戦争特需、もはや戦後ではない、東京オリンピック、高度経済成長、ジャパンアズNO1、阪神淡路、東日本大震災、失われた30年、コロナパンデミック。

お話しいたしましたが、PTSDの兵士が300万人いたとすれば当時の平均5人家族を考えると1500万人、全人口の20%に該当する日本家庭で帰還兵の暴力や依存症、社会順応できないことが原因の無気力、貧困などがあったとすれば、公式の出来事や年表には出てこない、戦争が原因の日本人家庭の精神破壊が連綿と続いていたという歴史、精神史はどこにも出てこないでいいのか、と私は話しながら思っていました。

「帰還兵のPTSD」という要素を戦後日本の歴史に照射すると、事件でも、日本人論、精神史でも違う色合いが出てくるような気がするのです。

 

もう一つ、「戦争遂行にプラスかマイナスか、役立つか阻害物か」。

「敵基地攻撃を具体的に検討する=いつかは戦争する」という岸田政権の日本の導き方針を私は震えるような恐ろしさを感じて見ています。

その時「戦争遂行にプラスかマイナスか、役立つか阻害物か」という線引きをすると、「帰還兵のPTSD」は明らかに戦争遂行にマイナスの阻害物になれます。だとしたら、「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」の活動は岸田政権のめざす「いつかは戦争をする」政策に立ちはだかる活動と言えるのではないでしょうか。

 

私はかねてから多くの人たちに「PTSDの日本兵の存在」を知ってもらうことが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に繋がると信じて活動を続けます、と発信していますが、「戦争遂行にマイナスで阻害物」にある活動を継続持続する意味が益々見えて来るように思っています。

 

今回は皆さんとの交流から色々な気づきをいただきました。力もいただきました。

心から感謝申し上げます。

 

★講演の感想

★「ちゃぶ台の会」チャットの感想、ご意見。2022213日(日)

・父方母方、二人のじいちゃんを思い出しながら聞いています。二人とも大正生まれで従軍していました。

 

・ 黒井さんと同年代で、私も先の大戦にどっぷり浸かって青春を過ごし、今もなお戦争は何だった

んだ、と思 わないと生きて来れなかった。そのくらい家族の中では大きな事実として人生を引き

引きずられてきました。 PTSDは第一次大戦も凄かった、と知っていても自分ごととして第二次

大戦の記憶を繋いだ事は素晴らしい 提起だと感謝申し上げます。

先程は伝えきれませんでしたが、父は「天皇の戦争責任」、母は「国家は人を裏切るから覚えて置

いて欲し い」とも言っていました。私の生きて生活をする根底の言葉になっています。

 

・ 戦後これだけの時間が過ぎてから明らかになる戦争の真実=まさに隠ぺいの50年ですね。慰安婦

も徴用工も そうでした。この時間が被害者に告発させるに要したのだし、当局が証言させない

ために必要であったと。 証言された方々、ご家族の勇気と行動に感謝いたします。これを伝え

ることが残された私たちに課された使 命ですね。

暖かくなりましたら武蔵村山の交流館にぜひ伺いたいと思います。

 

・ 我々は学校の歴史の授業で「焼け跡から戦後めざましい復興を遂げた。」と美談しか教わりませんでした。 戦争が終わったからすべて終わったわけではない。傷跡、爪痕がいつまでも残ることを周囲にも伝えて行き たいです。 教科書を変える。大賛成です。傷病系、復員兵のPTSD,傷病兵、戦争孤児などを掲載しても良いと思いま す。

 

・ 米軍人(現役、退役)もベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争後の今も毎日数十人がPTS

 Dで自殺して いるデータがあり、日本もイラク戦争でサマワに自衛隊が出兵して帰国後50人ほどが自殺でなくなってい ます。

 

・涙なしにお話を聞くことは出来ませんでした。 もし、お父様が亡くなっていたら何も気がつかないままの悲劇だったと思います。 が、生きて帰ってきてくださったからこその、ご家族も悲劇の人生だったともおもいます。 しかし、だからこそ我々もお父様の、そしてご家族様の苦しみをわがこととして、このリアルな事実を伝え ていきたいと思います。 必ず戦争遂行の邪魔になる。私も大いに邪魔になる生き方をしていきたいと思います。

 

・ お話をうかがうと、黒井さんご一家が経験された事と似た経験をした元兵士・家族があちこちに

いらっしゃるとのこと。一つ一つは個々の経験ですが、集まれば時代の証言(普遍的な事実)になるでしょう。同じことは侵略された側の被害者の方々にも言えるでしょう。そうやって、過去をみつめれば、戦争をしたのは指 導者であり、一般人の責任ではないという言葉が出てくるのでしょう。黒井さんの強い意志に感銘を受けて います。

 

・ 伊藤詩織さんのこともお話しの中でご紹介いただき、声をあげることの困難さ、大切さを痛感し

ています。 血を吐きながら、満身創痍で声を上げ続けている在日韓国人の友人がいますが、在日や外国籍の方が声をあげると、ヘイトなど生命の危険にさらされ、更なるPTSDを追うことになるという日本の現状に恐怖を感じ ます。在日の方々の子孫が代々抱えて行かなくてはならないPTSDに関してはどう思われますか。

 

・ 貴重なお話をありがとうございました。きな臭いこの頃。原発の核の平和利用と類似した詭弁で

防衛のための武器はもつべきなど、とんでもない風潮に恐れています。今日の資料は、有料で転送いただけるとありが たいのですが。いかがでしょうか?

 

・李素楨さんのオーラルヒストリーも大切な研究資料ですね、どなたかも書かれていましたが、個人

個人の歴史であってもそこに真実はあった、と残す作業大事です。

 

★講演の感想

★キリスト教愛真高校 2022211日(金)

1,    本日は心に深く響くお話しをありがとうございました。戦争による傷を受けてさらに身内などへ傷を与えてしまうという連鎖や逆にふさぎ込んでしまい、いつも無表情やアルコールに依存していくというというお話しを聞いて悲しみを同時にその根本の悪である戦争について、決して2度と起こしてはならないと思わされました。

私にはすべてに対して白旗を掲げるという勇気はまだ持てていませんが、戦争反対という思いを常に持って行こうと改めて考えました。本日の出会いに感謝します。

2,    今回はお話しを聞かせてくださりありがとうございました。PTSDやネルソンさんのことは今まで聞いたことがありましたが、日本兵の中でもたくさんの人が発症していたと知り驚きました。

今回のお話しの中で特に印象に残っているのが暴力の連鎖のことです。戦争がなければ家庭内暴力も今より少なかったと思います。そういう意味では戦争は終わっても終わりではないんだなと思いました。今もそれによって苦しんでいる人がいると思います。戦争を過去のものと切り捨ててしまったら、その人たちの声は拾われない。戦争は今、そして未来に向けてどうしたらなくせるかということを考えていかなくてはいけないな、と思いました。

とても深く考えさせられる特別授業でした。ありがとうございました。

3,    今回は日本軍が負ったPTSDについて話して下さり本当にありがとうございました。涙を流しながら話す姿に、こちらにこのことについて伝えたいんだ、ということが伝わってきました。僕がPTSDについてどれくらい分かったのかは分かりません。ですが、黒井さんの伝えたいんだという思いは問題なく伝わりました。本当に話して下さって本当にありがとうございます。

4,    お話しありがとうございました。私は今まで戦争と言えば原爆や空襲、特攻隊などの大まかな話しか聞く機会がありませんでしたが、PTSDという戦争がもたらした精神面での惨禍もあることを知らされ、驚きと悲しみでいっぱいです。

5,    実際、私の身近な場面にも思い当たるものがいくつもあり、それを自分やその人達の問題にしてしまっていることもあったので、PTSDという言葉を知ることによって決して彼らのせいではないのだということが分かり、納得する思いがあります。

今回私は「戦争は知識ではなく生き方」だという言葉に深く感銘を受けました。学校で得た知識を生き方に反映させることが本当の学びなのではないかと思います。今後の学習、そのようは意識を持ちたいと思いました。本日はありがとうございました。

6,    お話しありがとうございました。知らなかったことばかりで衝撃を受けることがたくさんありました。そしてこのことにも関心を持ち続けなければダメだなと思いました。印象に残った言葉は「戦争には勝敗がなくすべてのものが敗者だ」という言葉が印象に残りました。そして自分でもできる限りのことをして力を貸します。黒井秋夫さんの活動を心から応援します。頑張ってください!!

7,    今回、日本の戦争責任を考える特別授業の講師として私たちに「世間に取り残された日本兵の心情」や「その日本兵に対しての周りの生々しい対応」等、普通の生活をしていたら知ることが難しいとても貴重な「知識」を与えて下さってありがとうございました。

良く、昭和のマンガやアニメで登場する、朝から酒を飲み、酔っぱらっていて、妻や息子に手を出す様な親父が描かれているのは、PTSDが原因でアルコール中毒者になってしまったり、家庭内暴力をふるっていた人が実際にたくさんいた何よりの証拠なのではないかと思います。今回の特別授業を通して与えて下さった「知識」をこれからの自分の生き方につなげたいなと思います。貴重なお話しを本当にありがとうございました。

8,    本日は貴重なお話しをしてくださり本当にありがとうございました。PTSDを身近に経験されたということを通じて「白旗を挙げよう」と話される先生から、ゆるがない覚悟を感じ、私も学ぶべきことにしっかりと目を向け、本人の口から戦争体験のお話しを聞ける最後の世代として後世に何かを残せていけたらと思いました。

今回お話しをお聞きして改めて戦争はただ敗者のみを作るということを学ぶことができました。「もはや戦後ではない」と言われるようになってしまった頃から、もっと着目すべきことが山積みであったことを知る必要があったのだと思いました。そして今もその連鎖が敗者を増やしているという事実について、もっと多くの報道が、メディアがそして国が認めて改善、ケアをしていく必要があると思います。

戦争が残した傷は深いと思いますが、その回復の一歩として黒井先生が「語り合う会」を立ち上げて下さったことに心から感謝いたします。コロナ感染症が収まったら、またいつかお話をお伺いできたらいいなと思います。寒さが厳しいですが、お体に気を付けてお過ごしください。ありがとうございました。

9,    今日は愛真で戦争のお話し、また黒井さん自身の個人的な話もしてくださりありがとうございました。まず、ここで私が受け取った2つのことをあげました。一つは「戦争の話」とくくってもまだ掬い切れない私の知らないストーリーがあったことです。

戦争といい浮かぶのは戦場での悲惨な光景や当時の日本の盲目的で制圧された社会の状況です。それはつまり、戦争は1945815日に終わり、その前と後では時代は変わったと決めつけていたことを今日気づかされました。黒井さんも含め、戦後に生まれた方々は今なお直接的な被害者であり当事者であるのだと知りました。戦争の第2の産物というか何事にもアフターケアを行わないと第3、第4と、負は連鎖していくのではないかと危機感を持ちました。そのことを「知識」ではないという指標を立て話をとても聞きやすくして下さり、黒井さん自身の心で経験した、知識ではない真実も語って下さったことにも感謝です。ぜひ、交流館に一度寄ってまた話しを聞きたいです。<サムライ日本の違和感過ぎるところを知れた!>

10、 今日はお話しありがとうございました。今まで私は戦争といえば日本軍の与えた外国への被害 

   や、日本の受けた原爆や沖縄などの被害について学んできましたが、戦争というものはそうい

う物理的被害だけでなく戦っていた兵士たちの心にも影響を与えていたことを初めて知りま

した。戦争という大きなものを知っていても、兵士の一人の気持ちなどを私は考えたこともあ

りませんでした。

やはり、戦争というものは人の命に加え、人の心までも奪ってしまう、得るものより失うもの

のほうが多いものだと考えさせられました。昔、ニュースかどうか覚えていませんが、自衛隊

の隊員で中東の方へ派遣された方がうつ病になったというような話を耳にしたことがありま

す。

今回の話しを聞いて、日本はもしかしたら同じ道を進んでいるのかもしれないと思いました。

とはいえ、私はまだまだ知識不足なので、これから少しずつでも戦争や軍が人に与えた精神的

被害について考えていきたいと思います。そして知識をただの知識で終わらせるのではなく、

そこから深く様々な隠れた事実を読み取る能力を身につけ、自分も何か少しでも行動すること

ができたら良いなと思いました。

今日、話していただいたことを胸にとめてこれからを歩んでいきたいです。本当にありがとう

ございました。これからも活動頑張ってください!

11、お話しありがとうございました。直接お会いして顔を会わせることができなくて本当に残念でし

た。それでもZOOMでお話しが聞けて良かったです。感謝です。

正直、まだ気持ちがぐちゃぐちゃで整理が追いついていないです。でもまず感じたのは人は人で

あるということです。良くも悪くも人は人として生まれた以上、人以外の何者でもなくそれ以下

でもそれ以上でもないんだということ。戦争神経症にならない強い神経を持った特別な人間もい

ないし、天皇は神ではないし、人として扱われなくてよい人だっていない。そんなこと思いまし

た。また、今までの自分を振り返ったとき、兵士の痛みに思いを寄せたことはあっただろうかと

思いました。「戦争はいけない」「人を殺すのは許されるべきことではない」とだけ考えて、戦地

で戦っていた兵士の苦しみやその後の人生のことなど想像もしたことがありませんでした。

自分の見ている視野の狭さに気づき、他者の痛みに思いを寄せることのできていない自分だけし

か見えていない私自身の姿に気づかされました。そんな立派なことができる人間ではないけれど、

だからこそまず周りに与えられている家族、友達を心から大切にして、そして知識をどう生かす

のかと問い続けて行きたいと思いました。本当にありがとうございました。

12、このたびは「私が伝えたいこと、願い」という題での特別授業本当にありがとうございました。

今までの自分の知っている戦争に関する知識は原爆などのある意味過去のものとなってしまっ

たものでした。しかし、今回の授業で初めてPTSDの復員日本兵のことを知りました。おっしゃ

っていたようにそれは過去のことではなく、戦争によってつけられた傷は暴力という形で連鎖し

てしまうなど、今でも続いている。過去のものではないと思いました。特に印象に残ったのは知

識は知識でしかないがそれをどうかって自分の生き方にあてはめてどう生きるかが大切とおっ

しゃっていたことです。ですので、まずは自分は知識を取り入れることから始めたいと思います。

今日は本当にありがとうございました。

13、今回このお話しを聞いて戦争についての理解が深まりました。戦争は権力者が好きなように人を

使い周りの国を攻めて自分の領地を増やすもので、それをすることで戦地では軍隊が命がけで戦

い、国の中では国民が生き延びようとする。それだけが戦争だと思っていたのですが、何年にも

渡り「死」への不安、恐怖、またその場にずっといなくてはいけないというストレスなど、色々

な負荷を心に持ちすぎたから、家族を痛めつけたり、どなったりしてしまい、それによって家族

のなかでの関係が割れて親を恨んでしまう。戦争は生き死にだけでなく、その後の人々の心にも

深く影響してしまう恐ろしいものだと思いました。今回ご講師していただき誠にありがとうござ

いました。

14、今回は貴重なお話しをしてくださりありがとうございました。

今回、私は初めてPTSDを知りました。しかし、普通に考えてみれば戦争に行って帰ってきた人

が正常なまま、何もなかったかのように過ごすというのはないと思うし、すごく心に傷を負った

方がたくさんおられたというのも初めて知りました。お話しにあったように洗脳され、戦争は人

のため、国のためだと言われて、自らの命をかけて、見たくない物も見た過酷な戦場を生き抜い

たにも関わらず、国に帰ったら「手のひら返し」で。私には到底理解することはできませんが、

すごくつらく、誰にも理解されず、思いどおりにできずに孤独なおもいをかかえていたんだろう

なと思いました。改めて戦争をしてはいけないと強く感じました。戦争がなければ家族みんなで

幸せに暮らせたはずの方々もいたのだと思うと、今こうして私が幸せに生きているのはあたりま

えではなく、すごく尊いことなんだなと思いました。そしてその当たり前の幸せを奪った戦争は

決して認めてはならないと思いました。私も知識だけにとどめず、自分の生き方にしていけたら

なと思っています。本当にありがとうございました。

15、お話しありがとうございました。今の日本で起きている問題の根本の多くは戦争にあるのだとい

うことを強く感じました。今日、僕は初めてPTSDということの存在を知りました。これまで多

くの人がPTSDに苦しんでいたのに政府の情報操作によって真実が隠されていたことをとても

恐ろしく感じました。これからは戦争を知識としてではなく、兵士一人ひとりの背景や気持ちを

学び、声を上げ行動できるような人間としていきたいです。

16、お話しありがとうございました。実は私の父はペルー人でして、20代の頃は軍隊だったそうで

す。何度かその頃の話を聞いたことがあります。先ほどお話しされた内容の中に似たことがあり

ました。例えば、軍人同士のイジメです。軍人ということは戦場に行く。戦場に行くとなれば苦

しい生活をしなければならない。生きるために。だから、日頃からそうかってお互いに厳しく、

ひどく接しろといわれていたそうです。なので、暴力も余裕でありましたし、そこから始まるけ

んかもあり、訓練中に友だちが死ぬこともあったそうです。その頃父は軍隊になりたいというこ

とでなったようですが、今になると、彼はクリスチャンとなり、もうあの頃は何も分かっていな

かった、といっていました。

17、黒井さんのお話しを聞くまでPTSDのことも国府台陸軍病院のことも知りませんでした。この事

実が国や軍によって隠して無いものにされていたことを知り、本当に国というのは都合の悪いも

のは隠すのだなと改めて失望しました。しかし、黒井さんの活動、今回のお話しの中でたくさん

知ることができて感謝しています。でも、知る、知識を得るだけでは歴史を学んだことにはなら

ない、これからの自分の生き方、考え方をもっと深く考えていきたいと思いました。

加害は自国にも他国にも本当に区別なく人々の心も体もむしばんでいく、戦争は終わらない、終

わってないんだなと感じました。戦争をしないためにできることはほんの小さい声かもしれない

けれど、周りの人と語り合い、声を出していきたいです。ありがとうございました。

18、このたびは我々のためにお話しありがとうございました。戦争と聞くと原爆や空襲など連想され

ていました。しかし、今回のお話しを聞く中でPTSDという恐ろしいことを知れました。暴力の

連鎖も戦争によって、黒井さん世代の方々が大変な思いをされたのを知り胸を締め付けられまし

た。そしてこのことを「知識」としてたくわえるだけでなく、戦争について良く考えたいなと思

いました。これからも黒井さんの活動が良いものになるよう祈っています。頑張ってくださ

い!!

19、お話しありがとうございました。

  黒井さんのお話をうかがって改めて“戦争”というものを風化させてはいけないと強く思いまし

た。多くの命を奪い、より多くの人の心を傷つけ、今もなおその傷を痛みを感じ続けている方々

のことを忘れることなく次の世代、また次の世代へとつなげていけたらと思います。

ポツダム条約を日本が受け入れてから今年で77年、戦争は未だに終わっていないのだと思いま

す。その時代の頃の方も少なくなってきています。次の世代の人間である自分たちが何が正しい

かを自分で判別し、自分で曲げることなく生きていける。そんな人間になりたいとお話しを聞い

て思わされました。本当にありがとうございました。

20、貴重なお話しをありがとうございました。私は夏休みに、初めて戦争神経症のことを知りました。

戦争は人を殺すだけでなく、殺してしまった側までむしばむと知って私は衝撃を受けました。日

本兵が加害者であるというイメージが強かったからです。ですが、日本兵も、一人ひとり見てい

くとまぎれもなく人間です。その人間らしい心を失わせたのは戦争なのに、どこかで日本兵を非

難していた自分こそ加害者だと気付きました。

第二次世界大戦であったこと、戦争神経症になってしまった方たちがいたこと、この事実はかわ

ることも無くなることもありません。そして今でも苦しんでいる方々がいます。この歴史を残さ

なければ、また苦しみの連鎖は続きます。戦争を望んでいません。苦しみをうみたくありません。

白旗を掲げ、同じ過ちを繰り返さないようにしたいです。誰も、加害者にも、被害者にもさせな

いように。

21、今日は時間を作って私たちにPTSDのこととか、経験したことを話してくれてありがとうござい

ました。今回初めてPTSDのことを知り、戦前と戦後では人格が変わってしまったこととか、体

がけいれんを起こして歩けなくなってしまうこともあったこと。家族の恥にされてしまうことな

どを知って驚きました。

また、話しをきいてPTSDのことを知るだけではなく、何らかの方法で広めたり、さらに深く知

りたい、東京の資料館に足を運んでみたいと思いました。すこし話しが変わってしまうかもしれ

ないのですが、今でも人を殺したことに誇りを感じている人がいるという風にきいたことがある

のですが、その人たちも一種のPTSDなのですか!?

22PTSDや戦争で心を痛めた人たちの話を戦争を知らない僕たちに教えて下さりありがとうござい

ます。ZOOMじゃなく直接話を聞いてみたかったです。戦死者より自殺した人が多いのは驚きま

した。

23、今日は貴重なお話をありがとうございます。

  「日本兵の心の病い」は以前から気になっていたテーマだったのでお話し聞けるのが待ち遠しか

ったです。

身体に直接できる傷と違い、心の病は目に見えにくいこともあってか、今でも軽視され、自己責

任とされがちなような気がします。しかし、今日の話しをきいて、戦中、戦後に日本兵の心の病

を国や社会が認め、ケアを十分に行わなかったことが「自己責任」「心の弱さが問題」という価

値観、言葉を生み出したのではないかと思います。

24、大切なお話し本当にありがとうございました。戦争というものがどれだけ人々に悲しみやつらさ

を与えてきたのかということをすごく考えさせられました。戦争が終わってからもずっと苦しみ、

もがき続けてきた人びとがいることに今まで余り目を向けていなかったのでPTSDのことも初

めて知ってほんとに戦争はどこまでも残酷なんだなと思いました。つらい体験、思いを私たちに

お話ししてくれてありがとうございました。

戦争についてだけではなく戦争で戦った人たちにも目を向けなければいけないなと思いました。

これからもどうかお元気に過ごしてください。ありがとうございました。お話しをきけて良かっ

たです。

25、お話しありがとうございました。

  何度も泣きそうになりました。なぜなのかは分かりません。黒井さんの話をすべて理解できたわ

けでもないと思います。ただ、戦争というものの事実と、生きるというものの道というか、生き

てきた人々の味と言うものを少しだけ感じられた気がしました。

白旗という勇気。その言葉のように僕は今後を生きます。また、歴史は知識にしてはいけないと

言っていましたね。生き方にしてきたと。僕は心を打たれました。生き方にする。僕は幸せな人

間です。何の苦しみも知らず、生きてきて幸せ過ぎます。でもそれがつらいです。謝りたいくら

いつらいです。今、僕は自分自身が嫌いです。何の必要があるのか、生きてて何のためになるの

か、毎日問うています。でも、同時にやっぱり生きなきゃと思っています。生きて生きて、戦争

は絶対にしない、未来の子どもたちのためにもちゃんと生きて、本物を生きる場所を作るんだ。

と改めて思いました。ありがとうございました。

26、このたびは日本兵が患ったPTSDを実体験に基づいてお話しして下さりありがとうございました。

以前、セルショックという病名とその症状については耳にしており知っていました。しかし、こ

れらの病気は精神、心が戦争によって壊され起こるのだと、初めて知りました。そして国の邪魔

になることは一切削除し証拠を隠していたことにはとても驚きました。教科書にもなく、証言者

の心は破壊され戦争が終わっても、国から突き放され、排除されていた事実に心を痛めました。

戦争にかかわるあらゆるできごとは未だに隠されていて私たちの知らない情報はたくさんある

と思います。そのことを常に念頭に置き、責任について考える学びや、平和に学ぶ学びを広げて

いきたいと思っています。

戦争は人の精神、心を破壊します。そして人間ではなく、怪物にします。そのあとは自分だけで

なくその周りにいる人まで傷つけます。こんなことは絶対あってはならないと私は考えます。け

れども世界では、いや私たちの日常生活には戦争の悲惨さに対する思いを麻痺させるようなもの

ばかりで溢れています。それらを面白味に変えて、生活になじませようとしています。例えば戦

争、戦いの映画や機関銃のおもちゃやゲームなどが上げられます。

私たちの戦争に対する反対意識は徐々に薄くなっているのは確かであると思います。そこで私は

黒井さんのあの言葉を思い返します。歴史や戦争を知識としてとどめるのではなく、その知識を

どのように生き方に活かすのか。私は何度も何度も繰り返しこの言葉を反芻するように言い聞か

せたいと思います。過去の事実は揺るがすことができないけれども、また、同時に私たちの時間

が経つにつれ、記憶が鮮明でなく、生き方を自分自身でつかみ、意志のある行動と考えを携えて

生きていきたいと思わされました。

国の考えにだまされないように、しっかりと証言者の言葉を心に留め、自分が目指すべき生き方

を模索していきたいです。今回はお話ししていただきありがとうございました。

27、今回はお話しありがとうございました。話しを聞いてすごく戦争が終わったあとの傷などは治ら

ないということを思い戦争がどれだけ無残なことかを改めて思いました。これからは私たちが伝

えていけれるようにたくさんの学びを積んでいきたいと思います。

ありがとうございました。先生に会えてうれしいです。

28、お話しありがとうございました。今日のお話しの中で戦争に行った後の人たちが色々な思いを持

って生涯を終えていたんだなと思いました。また、PTSDのことについても自分は余りというほ

ど、まったく知らなかったので聞くことができて良かったと思います。今日黒井先生が話された

ことを今後引き継いでいければ良いなと思いました。

今でも周りにそういう思いを持った人たちがたくさんいると思うのでそういう人たちのお話し

を聞くことができたら良いなと思いました。今日はお忙しいなか本当にありがとうございました。

30、今回はZOOMを通してのお話しが聞けたこと、とても良い時間であったなと思っています。私

はお話しの中で戦争による暴力の連鎖ということが印象に残りました。よくドラマなどで描かれ

る故郷に帰ってきた日本兵の姿は、感動の再開という形で書かれていて戦争ということ自体はと

ても命がけで身を引き裂かれるような体験も多いはずなのに、どこかそれらを感じられないもの

が多いように感じていたように思います。少し違和感を感じても歴史的事実として教科書にも載

っていないし、聞くこともなかったように思います。

今回のお話しで、身近に家庭の中で多くの人々がPTSDということに対して向き合わせざるをえ

なかったのに、それがPTSDと分からない、知らないまま過ごしてきた苦しさを知りました。ま

た、暴力の連鎖ということから、決して今の私たちに繋がりがないわけではなく、目を向けて見

ればすぐそばにあるかもしれないと考え始めるきっかけをもらったように思います。貴重な気づ

きの機会をいただけたことに感謝しています。ありがとうございました。

31、“都合の悪いことは隠す”―これについては良く分かります。知り合いに元空自3佐だった方か

ら何度か聞いたことがありますが、例えば普通の事件や事故は報道されるのに、自衛隊での事故

や事件、不正はまず、外で報じられることはない、、、、という話を聞きました。自衛隊内でも不

慮の事故死や訓練中に人が死ぬことはよくあった、、、、、という話を聞きました。自衛隊内に“警

察”のような役割の部署があるようですがそこで完結するようです。時代が変わっても“軍”と

“自衛隊”の性質や役割が違っても根本的な部分はかつての軍部と何ら変化がないと感じさせら

れました。

私の祖父は満州で農業指導に行っていたと聞いています。戦闘には参加していないようですが、

現地でも戦争が終わってから日本に帰ってきても大変だったと伺っております。今日は貴重な機

会になったと思います。ありがとうございました。

32、本日は大変貴重な、そして心にずっしりと残るお話しを聞かせていただきありがとうございまし

た。ベトナム戦争後のPTSDの話しは私も聞いたことがありましたが(考えてみれば当然なので

すが)70年前の日本でも同じことが起きていたこと。そして70年が経ちようやくその事がかた

られ始めたことに心揺さぶられました。2年前、広島で被爆された方のお話しを聞かせていただ

いた時にも、今日の黒井さんと同じく「私のメッセージは遺言である」という言葉を聞きました。

戦争のこと、そして戦後のことを実体験として話せる方が少なくなっていること、実体験を聞く

ことのかなわなくなった時代の子らに、自分はどんな言葉を紡いで伝えていくことができるのか

背筋を正されました。本当にありがとうございました。寒い中、そして感染症も流行する中であ

りますので、温泉津の湯で良く温まりお身体を大事にお過ごし下さい。いつか対面でお会いでき

ればと願っております。

33、今日の感想ですが、話しを聞いていてふと思い浮かんだ事はどこの家もじいちゃんや父ちゃんは

怖いというか、いたら「静かにするように」言われることが多かったなと言う事でした。子ども

の頃は友人の家や、おじいちゃんおばあちゃんの家に行くと必ず言われていた事でした。子ども

の頃は何となくそういうものだと思っていました。

じいちゃんや父ちゃんは男だからこわいもんだと思ってすごしていました。近所にも外で常に酒

を飲んでる人、パンツ一丁でうろうろしているおっちゃんがいて、おばあちゃんや近所のおばさ

んたちからは、男とはそういうもんだと言われていて、男はしょうがないなあ~という目で見て、

育ってきて、その当時は戦争で体験した事が原因だとは私も含めて誰も思わなかった、思ってい

なかったと思います。

幸いわが家は、父は1945年生まれ、祖父は腎臓が悪くて戦争に行かず、教員をしていて、学校

から先生がいなくなると教える人がいなくなるから困るので戦争に行かず、地元に残るように言

われたため、自分の家から兵隊に行った人はいなくて、私は子ども時代に家庭内で暴力や飲酒に

よる嫌なものを見ることはなく育ちましたが、友人はじいちゃんが00していたとか言うなど大

変そうでした。異常な事でもそういうもんだという空気があったように思います。

黒井様のお話しを聞きながら色んなことを思い起こしていました。戦争や日本政府がしたことは

いけないことばかりですが、先ずは自分が関わっている集団、家庭とか学校とか友人同志とかの

団体が平和を作っていかないといけないと思います。

集団生活をしていると、自分の理解を超えた人が必ずいるもので仲たがいしてしまうこともあ

りますが、もしかしたら何かしらの事情を抱えていているのではないかと相手を理解することが

大切ではと思いました。今、なんでか分からなくても理解できる日がくるような気がしますね。

PTSDを知って父がかかえていたものが多かったと言うことを聞いて)今後、自分も今よりも

少しでも良い世界になるようにがんばっていきたいと思います。本日はありがとうございました。

34、黒井さんが心の内を語ってくださればくださるほど、その一つ一つを十分に受け止められない自

分に歯がゆさを覚えた時でした。私たちに黒井さんの全てをもって戦争の愚かさ、悲惨さを・・・

絶対にあってはならない出来事なのだと、、、、強い意志をお語りくださったこと、私の生涯の中

で今日のことを決して忘れません。私の何か一部が壊れたような感覚で涙が止まりません。これ

から自分が一体どうなるのか怖い気さえします。でもきっと、ここで逃げてはいけないのです。

踏みとどまって私は私事として伝えてくださった歴史を学びたいと思います。

黒井さんの悲しくて消えないその心の傷は、単なる痛みで終わらなかったのですね。その苦しみ

があってこそ、今の私たちへのメッセージが生まれた、、、、受け取りたい。だからこそ大切にし

たい。黒井さんいつかお話しさせてください。心から感謝します。本当にありがとうございまし

た。

35、本日はお話下さりありがとうございました。コロナ禍の感染対策のために、近くまで来ていただ

きながら来校いただけなかったのは心苦しいことで、最初はZOOMの窮屈さのような部分を感

じましたが、後半に進むにつけて、伝えたいことが本当に強く感じたというのが正直な感想です。

お父様のことへの思いから記念館を作り、更には活動の方針を言語化されていることに、その思

い生き方を感じる思いでした。貴重なお話しをうかがえたことに感謝です。

36、ありがとうございました。黒井さんの魂の叫びが届いたと思います。忘れず心に刻んでいきたい

と思います。お話し下さったことは決して特別なことではなかったことが良く分かりました。戦

後多くのことが隠されていたが故に、今語られ始めたのだと思います。戦争が直接的に死傷の問

題だけでなく、後代にも深く及ぶこと、魂を破壊し続けること、このことがどれだけ深刻なこと

か分かりません。今に生きる自分たちの問題です。

黒井さんがご自分を直視されお父様に対する贖罪の行為でもあることも感じました。

今回、直接お話しすることが出来ませんでしたが、感染状況が良くなれば、今度は来校されて、

再度お話しをうかがいたく願っております。本当にありがとうございました。

37、本日は貴重なお話しを本当にありがとうございました。一番印象に残っている黒井さんの言葉は、

質疑応答の時に生徒から「PTSDを知り、戦争についての考え方が変わりましたか?」という質

問に対して答えて下さった言葉です。「戦争は知識ではなく、自分の生き方だ」と仰った黒井さ

んの言葉の重みが、黒井さんの立ち上げた活動や生き方から伝わってきたように思います。

私の父親は戦争を経験したわけではありませんが、私が子どもの頃。母や兄弟に対して暴力をふ

るうことが時々ありました。私は母に対して「どうして父と離婚しないのか?」と聞いたことが

ありましたが、黒井さんのお母様と私の母が重なって感じました。きっとこのような父を救うこ

とができるのは母以外にいなかったのではないかと思います。

黒井さんのお母様は本当に愛情が深い方だったのだと察します。自分の父母に重ねながら色々と

お話しを聞かせて頂き涙が出てきました。これからもこの活動をぜひ続けて下さい。応援してい

ます。

38、今日は貴重なお話しをありがとうございました。戦争の傷が一人ひとりの心の奥まで残り、それ

  が戦後何年も経っても、しかも世代を越えて残り続けることが黒井さんの心からの叫びを通して

自分に迫ってきました。そして、だからこそ歴史を知識として学ぶのではなく、学びを生き方と

していくことの必要と責任があることが理屈ではなく教えられたように思います。

このお話しを高校生と共に聞き、考える時が与えられたことを心から感謝いたします。平和を創

るために自分ができることをする、その一端を担っていきたいと強く思わされました。ありがと

うございました。

39、お話しいただき、心より感謝いたします。私が知らなければ、出逢えなければいけない痛みと心

は、もっともっと身近な、でも避けたいところにあるのだと気付かされました。本当にありが

とうございました。

黒井さんと出逢えたことに感謝いたします。いつか直接お会いしたいです。ご健康でおられます

ようにお祈りしています。生徒たちのそして私たちの心を動かして下さりありがとうございま

した。

40、今日はお話しをしてくださり、本当にありがとうございました。

20年程ここに勤め、戦争について、様々に学んできましたが、生徒も言っていたように「復員兵

はどんな思いで戦後を過ごしたのか」という角度からお話しをうかがうのは初めてでした。そし

て、とても大事な視点だと思わされました。こういう角度から、改めて戦争について考える「動

き」を広げていらっしゃる黒井さんのお働きは本当に大事で、一日本人として感謝したいと思い

ました。黒井さんがネルソンさんのお話しを聞いて、お父様ももしや、、、と気づかれたと目黒

医師が情報を(50年以上過ぎて)開示されたとが重なり、日本でも遅ればせながら、メディア

などが注目するようになったのですね。遅いかもしれないけれど、大切な「動き」ですね。

この学校に勤めていると、それだけで戦争について、平和について学び発信する機会があります

が、ここを一歩出たとき、一市民として、私たちは何をすべきか、何ができるのか、黒井さんが

交流館を建てられた、ということから考えさせられました。次はお目にかかることを楽しみにし

 

ております。心からの感謝を込めて。

「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」ニュース 202221日号です。

連絡くだされば毎月メール送信いたします。

PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」

 202221

NHKFacebookHUMANドキュメント&クローズアップ現代+』とNHKYOUTUBEで視聴できる「日本軍兵士のPTSD」の二つの番組が400万回を超え再生され続けています!

https://www.facebook.com/NHKgendai/NHK - YouTubeで視聴可能!

若い世代に関心が広がっています!  

①再生回数1位 330万回シリーズ終わらない戦争②「封印された心の傷戦争神経症兵士の追跡調査」(2021913日アップ)

②再生回数7位 71万回「目撃!にっぽん」「ずっと父が嫌いだった~家族が向き合う戦争の傷痕」(20211227日アップ)

★「日本軍兵士のPTSDの存在」を扱った2つの番組がNHKFacebookにアップされていますが、多くの番組の中で断トツ1位の330万回と第7位の71万回再生されています(131日現在)。その存在を国民の目に触れないよう隠し続けて来た「日本軍兵士のPTSDの存在」が20218月以降に相次いでNHK総合TVで放映され、大きな反響が広がっているのです。「語り合う会・PTSDの日本兵と家族の交流館」は多くの国民の皆さんが「日本軍兵士のPTSDの存在」知ることが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に繋がると信じて活動を続けます。皆さんのご支援、励ましに助けられて歩んで行きます。

目撃!にっぽん」「ずっと父が嫌いだった~家族が向き合う戦争の傷痕」は

NHKYouTubeにも125日にアップされました。どうぞご覧ください! 

■番組への感想を抜粋しました。

★戦争で人の死を目の当たりにして、自分が生還しても喜べる心境にはなれないと思う。家族に恵まれれば生還できたことさえ喜べないほど心は病んでしまうものでしょう。どんな事態であっても戦争は正しいとは言えない。戦争は勝っても負けても何のメリットもない。

ご自身の辛い経験と向き合いながら後世に戦争の現実を伝えて下さってありがとうございます。違いを認めて協力し合うこと。これができれば、もっと運動が広がりを持ち皆が社会を良くすることに関われると思う。

★普段は物静かなのに、外で飲むとかならず暴れて帰ってくることを、ずっと曾祖父は繰り返しました。暴れる曾祖父を押さえるために待ち構える父と祖父を見て子供の頃は恐かったですが、今考えれば兵隊時代のPTSDだったのだろうと思います。

★祖父の人生終盤は戦争の幻覚に悩まされることがあったようです。「お前は誰だ。そこに敵兵がいる」と何もない場所を指さす。祖母が「だれもいないよ」となだめていました。よほど記憶に残ったのでしょう。戦争してはいけないと強く思い育ちました。戦争は終戦で終わりではない。人間に今日分記憶がずっと強く残ります。痛ましいことなのです。

★お国のためと送りだしながら命からがら復員すれば「あの戦争は間違っていた」「戦争に加担した」と非難され、、、。信じたものに裏切られた人々の人生が虚無化したのは太平洋戦争、ベトナム、アフガニスタン、色々な国であったんですね。

★戦争はいかなることがあってもやってはならないです。みんなを不幸にするのが戦争です。戦争で犠牲になった方々を胸に平和を願います。

★兵士の養成には、まず一旦人間性を崩壊させるのだ、父の話しを聞いた私の推察です。普通の人間は戦争で戦う(人を殺す)ことなどできないからと聞きました。戦地から復員した人たちは多かれ少なかれ心に傷を負っているはずです。ただ、現在となっては存命の人はほぼいないので、どうにも。

★私の祖父も黙して語らず。笑った顔も見たことがありませんでした。お骨を拾う時に腰に当たった銃弾一つ出てきました。相当痛く辛い思いを抱えてあの世に逝ったのだと思います。

 

 

 

(東京新聞202215日多摩武蔵野版、7日東京版)

従軍看護婦さんが使用した水筒、飯ごうが届きました!鉄かぶと、軍服、軍靴の提供の連絡をいただいています!それでも圧倒的に不足です。子どもたちに戦争を語り継ぐためにご協力をお願いいたします。

 

歴史好きの皆さんご協力ください!

展示協力ボランティア募集します!

遺品の分かりやすい説明書き作りにお力をお貸し下さい!

日露戦争で戦死した兵士の遺品含めて色々な戦争遺品が届いています。これからも届きます。

遺品の展示には子どもでも理解できる説明書きが必要ですが仕事量も膨大で黒井秋夫だけでは手が回りません。学芸員のような作業ですが素人で大丈夫。歴史好きの方、興味のある方、一緒にやりましょう。子どもたちとの交流ができますよ!

遺品提供、展示説明文作成に協力下さる方の連絡先08011213888(黒井秋夫)

日本最初・唯一の「PTSDの日本兵と家族の交流館」は

2020年5月10日の開館日から2022年1月31日までご来館の皆さんは

1448人の皆さんにご来館いただきました!

交流館を小中学生が2021年は744人が利用しました!

来館者の78%が小中学生、毎日平均人が来館!(市立3小の生徒が大半)

「PTSDの日本兵と家族の交流館・子ども図書室」来館者数(20211月~1231日)

1月~12

来館者総数

小中高生

大人

小中高生比率

開館日数

 

946

744

204

78.6%

166

『戦争をしてはならない』を子どもたちにこそ語り継ぎたい!

李素楨さんとの交流日誌 2月1日号 

★2月6日 「漢字と文化」オンライン学習会開催します!

★初級者コースあります!ご一緒に中国語の達人になりましょう!

★中級者テキスト「中国語で巡る漢詩と三国志の旅」です。楽しいですよ!

李素楨さんのZOOM中国語講座を学んでいます。とても楽しい授業です!

(1回2時間×月4回の授業で格安2千円。ご希望の方は08011213888黒井まで。詳細をお伝えします)

★日中口述歴史文化研究会常務副会長 吉林長春師範大学 教 授 法政大学 講 師 。博士・研究分野、口述歴史学、日本植民地教育史。著書『日本人を対象として旧「満洲」における中国語検定試験の研究』など多数。★「PTSDの交流館」に2020823日に来館され交流が続いています!

「語り合う会」と「PTSDの兵士の交流館」連絡先

黒井秋夫 08011213888 ホームページ https://www.ptsd-nihonhei.com 

208-0001武蔵村山市中藤3-15-4 ★メールアドレス qqkc6av9@ceres.ocn.ne.jp

「語り合う会」通信は周辺800世帯と武蔵村山市の市長・副市長さん、市議会議員さん、教育委員会、

市立3小に配布。報道各社に配信しています。

 

「PTSDの日本兵と家族の交流館」は入口に「戦争はしません。白旗を掲げましょう。和解しましょう」の旗を開館日は毎日掲げています。

1946年発布された『戦力を持たず、紛争解決を武力に求めず、平和国家』を世界に宣言した日本国憲法を体現した白旗です。

戦争には勝者も敗者の区別はありません。皆が敗者ではないでしょうか。

国土に核ミサイル兵器が飛び交う時、自衛隊兵士も一般国民も区別なく生き残る術はないでしょう。

だとしても私たちは二度と銃は持ちません。それは私たちが世界に約束した事です。日本人の誇りをかけて約束を守り抜きます。

私たちは白旗を掲げ、戦地から逃れ、世界に保護と支援を訴え戦火の収まる日を待ちます。

やがて戦が止むときが必ず来ます。その時から生き延びた者たちが未来に向けた歩みを踏み出すでしょう。

侵略されようが、何が起ころうが、銃は二度と取らない!そういう世界、そういう地球にはしない!それが日本人が世界に約束して己が決めた生き方ではないでしょうか。

「PTSDの日本兵と家族の交流館」は元旦も、2日も、その次の日も白旗を掲げ続けます!

多くの人たちに「PTSDの日本兵の存在」を知っていただくことが「戦争をしてはいけない」という世論を作り「日本が二度と戦争をしない。誰もが安心して暮らせる平和な社会」に結びつくと信じて活動を続けます。

皆さん!ともに手を携え一緒に歩いて行こうではありませんか!

https://www.ptsd-nihonhei.com

会計報告「語り合う会・交流館」202211日~1月30日)

20221月のカンパ累計19.000円(5人の個人、団体)心から感謝申し上げます。

 

202111日 残高 197152 2022年のカンパ収入 19000円 

2022130日 残高 222.011

2022年収入合計 19000

2022年支出合計 4201円 内訳( 菓子代など )

カンパ振込先口座名義 PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会

★ゆうちょ銀行からの送金(郵便振替用)ゆうちょ銀行口座。 記号 11390・番号 21576251

★ゆうちょ銀行以外からの送金 (内国為替用)ゆうちょ銀行口座

★店名 一三八(イチ サン ハチ)・店番138 ・普通預金(口座番号)2157625

 

★講演会予定

26日(大阪の市民団体)

211日 オンライン

(島根県の私立高校、生徒教職員)

213日 オンライン

(東京狛江市の市民団体)

2月で日程調整中

(埼玉県の私立高校、授業として)

312日 

(神奈川県茅ケ崎市の市民団体)

430日(東京調布市の市民団体)

5月開催で日程など調整中

(東大和市の市民団体)

上記講演会の問い合わせ、講演会開催の申し込みは

08011213888黒井秋夫まで。

★講演は全国どこでも・少人数でも歓迎します!

交通費含め費用はかかりません!

2020118日三多摩平和交流ネットの講演会がユーチューブでご覧になれます!

 

★学習会・講演会開催のお知らせ!

 

★「語り合う会」が掲げる政府への要請五項目は以下の通りです。

★日本政府(厚生労働省・防衛省)に要請いたします!

PTSD兵士と家族の実態調査を直ちにして欲しい。

①復員したPTSDの兵士の人数。②その症状。③ 家族はどう対処したのか。

④家族はどのような援助を求めているのか。

 

⑤戦後精神医学の成果をPTSD兵士の家族のトラウマからの解放と連鎖を断つケアに役立てて欲しい。