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①帰還兵はなぜ自殺するのか(デビッド・フィンケル)亜紀書房

訳者・吉屋美登里のあとがきから紹介する。
「イラク戦争は、イラクが大量破壊兵器を隠しているという理由でアメリカがイラクに侵攻したことから始まった。2003年3月の事である。直接戦地で戦ったのは、大半が貧困家庭出身の若い志願兵だった。そして戦争が終わり、兵士は英雄となって帰ってきたように見えた。ところが、目に見える身体的な損傷はなくても、内部が崩壊した兵士たちが大勢いることが分かった。アフガニスタンとイラクに派兵された兵士はおよそ200万人。そのうち50万人が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)とTBI(外傷性脳損傷)に苦しんでいるという事実が明らかとなった。そして残された問題は、精神的な傷を負った兵士たちをどのように治していくのか、果たして治せるのか、というものだった。」

著者デビッド・フィンケルは「ワシントン・ポスト」で23年間働き報道部門のピュリツア賞を受賞した記者である。
彼はイラクから帰還した5人の兵士とその家族の心の中・苦悩し時に爆発する精神の動き、帰還兵士と家族の中で繰り広げられる暴力の応酬までも感傷を交えず読者が自身の目の前で実際に見ているような臨場感でドキュメンタリーを描き切った。

アメリカではイラクとアフガニスタンでの戦死者よりも帰還した兵士の自殺者が上回っています。
米兵は爆弾等の破裂の猛烈な風圧・震動で脳障害の後遺症、敵兵を殺害したり同僚の身体が引きちぎれて死んでいく有様の精神的打撃により自尊心を失くし、繰り返し悪夢に悩み、眠れず薬物やアルコールに依存したり、自傷行為に走り、遂には自殺に辿り着く。そのような帰還兵の妻達は「戦争に行く前はいい人だったのに、帰還後は別人になっていた」と語る。彼女らは夫に時には首を絞められ、病院に担がれるほどの暴力を振るわれ自分自身の精神も壊れていく。

戦争は戦場での殺し合い、勝ち負けで終わらない。その後もたとえその時は生き残っても平穏な元の暮らしは待っていない。兵士のみならず家族友人を巻き込んだ泥沼の地獄のような日々を今も送っている数多くのアメリカ帰還兵が存在するのだ。

という事は表面化していない、あるいは隠されているかもしれないが「イラク戦争に派遣された自衛隊員」にも同じような事例の帰還自衛隊員とその妻達(家族)がいるのではないだろうかというところに行きつく。
朝日新聞によればイラクから帰還した自衛隊員29人が自殺している。予備軍はアメリカ流に言えば10倍いるという。ならば300人の帰還自衛隊員とその家族が戦争の後遺症の苦しみの生活の渦に巻き込まれているという推測が成り立つ。

デビッド・フィンケルと訳者・古屋美登里の筆力には圧倒される。苦悩する帰還兵やその妻たちが遂には目の前に実際に見えてくるのだ。映画のように。その臨場感と迫力は380頁を一気に読ませてしまう。
鎌田實さんは推薦文に「万一のために戦争の準備も必要だと思っている人々が日本にも多い。そういう人に読んでもらいたい。特に政治家に」と言っている。
私はこの本を読んで戦争の恐ろしさを更に心に刻みつけました。戦争こそあらゆる罪悪の中で最悪のものだとの意を一層強くしました。