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父と暮らせば(6)私の青年時代、総括①

高校から大学、22歳で働き始める。そして30才を過ぎる頃に転機を迎える。共に歩んだ仲間たちが一人去り二人去り、自分も又去っていくその一人になっていた。
熱狂の時代は去っていた。社会そのもの、生きて行くそのこと自体が現実として私の時間を奪っていた。
24才の時に兄夫婦と同居していた両親を引き取り一緒に暮らし始めた。
1979年に中国とベトナムが国境を挟んで戦争状態になった。

1960年代末のベトナム反戦運動は世界の若者たちを動員した。
中国の青年たちの「造反有理」のスローガンは日本の青年たちの心もとらえた。
次の時代は我々が主人公になって作るのだ。世界中を熱風が吹いていた。
ベトナムと中国は当時の私たち青年世代の希望の星とも言うべき存在だった。その二つの国が砲火を交える。私達には(少なくとも私には)あり得ない出来事だった。向かうべき方向が見えなくなり心の支柱がポキリと折れたように感じた。
私は言うべき言葉を失った。説明つかないのだ。総括できないのだ。自分がどこにいるのか、どういう土台の上に立っているのか見えなくなった。総括の視点を定めることができなかった。表面はともかく長い長い沈黙の時代に私は入った。

2015年、ピースボートの船上で「父と語り」始めた時、ぼんやりと総括の地平が見えてきたような気がした。
沈黙の時代から30年以上が経っていた。