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父と暮らせば(14)

 私の知る復員後の父は一つの仕事が続かなかった。主には土木工事現場を渡り歩く出稼ぎが仕事だったと思う。失業保険の給付対象になる期間が来ると仕事を辞め給付期間が終わると次の現場に向かったように記憶している。失業保険に頼らず継続して仕事をすればもっとゆとりある生活ができたのではなかったか。どうしてそうしなかったのか。できなかったのか。
 父としみじみとした心が通い合うような会話をしたという記憶がない。父と息子らしい愛情の通い合いというような場面を思い出せない。私への愛情がなかったとは思わない。その表現ができなかったのではなかったか。
 先日、その事を不思議そうに私に問うた人がいた。「どうしてなんでしょうねえ」と。その時はすぐに返答できなかった。しかし考えてみれば答えがある。だから「父はPTSDの復員日本兵ではなかったか」に思い当たったということなんだと。 父は復員後も戦争を引きずっていたのだ。